吉野宮暁良と隠された扉 10
そしてその日の夜、俺は誰にもバレないようにこっそりと寮を抜け出し学園の宿直室の様な場所の中で大野木さんの協力者と落ち合っていた。
「あ、あの、お、俺はお、大野木さんに雇われた、く、黒崎という者です。と、どうもです」
俺よりもやや身長が高く細身であり、髪はぼさぼさの長髪で若干清潔感に欠けたその男はどもった喋り方で俺に不慣れであろう引きつった笑顔を向けてくる。
「ああ、よろしく。で、他の警備員は?」
「は、はは、はい言われた通り、飲み物に睡眠薬を混ぜて、今はその奥で、ね、眠させています。け、結構強力な奴なんでちょうど朝くらいまでは目覚めないかと」
そう言って大野木は宿直室の奥を指さす。
「いいね、サンキュー。···よし」
確認を終えた俺は畳の床に座り込むと、目の前に学園内のまだ調べていない場所が示された地図を広げ、呼吸を整える。
「百騎一閃」
そして目を閉じ手元に神具を展開し、更に集中力を高めていく。
30···いや、俺自身が動かなければ50は行けるか?
脳はパンクする寸前になりそうだが、まあやってやれないことは無い、こんなの今日一日で終わらせてやる。
と俺は次々に斬像を召喚してはまだ調べていない箇所へと送り込んでいく。
そして片っ端から物を退かして地下へと通じる道が無いかを調べていく。
久しぶりに本気を出したが、思ったよりも余裕を持って約50体程の斬像を使いこなすことが出来た事に自分でも驚いた。
それもこれもこの学園での訓練や、マガツモノ討伐の任務の賜物だろう。
だが無理し過ぎずに行こう。俺まで頑張り過ぎで倒れたらシャレにならんからな。
そうして少し休憩を挟みつつ、3時間ほどが経った。
「ふー、ねーな」
「な、無いんですか?」
「ああ、あと、有るとすれば土の下だ。だがそんなの探していたら埒が明かないだろ」
「そ、そうですね···い、いやもうちょっと探しましょうよ」
「は?お前なんなんだよ、規模を考えてみろって。やるにしてもせめて当たりをつけてからだ。···そうしないと俺も遼も動かない、と大野木さんに伝えておいてくれ」
俺はそう言うとゆっくりと立ち上がる。だが休憩を挟んだものの軽い立ちくらみをおこしてしまう。
無理はしないつもりだが、やはり焦りからやり過ぎてしまったか。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、心配いらねー、じゃあ俺は戻るからな」
そう言い、俺は黒崎の肩を軽く叩き、そのまま宿直室を後にして寮へと戻って行った。
そして翌日の早朝4時30分、外が僅かに明るくなって来ている時間帯に、俺は斬像を1体、遼の看病用に置いていき学生寮を後にした。
学園では優等生で通している為、本当は授業をサボりたくはなかったが仕方ない、流石に次の休みまで待ってはいられない。
そうして始発の電車に乗りこみ揺られること数時間、さらに最寄り駅から10分ちょっと歩き、俺は実家の前に立っていた。
「ただいま」
と俺は誰もいない実家の鍵を開け、中へと入る。
俺が学園の学生寮に入る前に掃除したきりなので、約2、3ヶ月ほど誰もいないで放置されていたことになるこの家はやはり少しホコリっぽく入った瞬間軽く咳き込んでしまう。
「はあ、せっかくだし掃除もしていくか」
もうサボりは確定の為、頑張って帰って午後から出席しようが五十歩百歩に思えてしまい、俺は家の掃除をする事にした。
母さんは俺が中学の寮に入っている時からずっと海外に居て、この家は長い休みの時くらいしか使っていなかったが、思い入れがあるのか手放そうとしなかった為、俺や母さんが帰って来る度に大掃除をするという流れが出来上がっていた。
まあ、そのおかげで誰にも知られずに斬像を置いておける場所を確保できるので便利といえば便利ではあるのだが···。
そう思いつつ、早速斬像を召喚して全ての窓を開けさせて、掃除に取り掛かる。
昨日もそうだがこういう時、俺の能力は本当に便利だと再認識する。
そうして一人でやったら1日がかりの仕事を俺は1時間程度で終わらせる。
そして一休みを兼ねて偶然に掃除中に見つけたアルバムを手に取り広げる。
今では完全に放置されている俺であるが小学校卒業までは母さんにだいぶ愛情を注がれて育った様な気がしている。
片親であったが仕事で忙しくしている感じはあまりなく、全ての学校行事に積極的に参加していたと記憶していて、その記憶の通りアルバムにはそれらの写真が大量に残されていた。
そして今思うと母さんは俺の小学校卒業を独り立ちの期限にしていたようにも思えた。
その証拠に小学校卒業時には大概の事は一人で出来るようになって居て、中学の寮生活もほとんど苦労することなどなかった。
続いて俺はページを1番最初の方に戻す。
「···やっぱり写ってないか」
俺が赤ちゃんの時の写真にも目を通すが、やはりそこに父親の姿はない。
アンタッチャブルな事かと子供ながらに気を使って母さんには聞いた事が無いが俺には生まれた時から父親が居ない。
だからその父親が妊娠中の母さんを置いてどっかに行ったクズなのか、それとも死に別れたのかは分からない。
まあどちらにせよ、正直そこまで興味が無いというのが本心ではある。
···。
·······。
「あっ!!」
とアルバムを見ていて時間を忘れてしまっていた俺は一休みと言うには少々時間が経ちすぎている事に気が付き声を上げる。
そして少し急ぎめに自分の部屋に行き、刀を抱くようにして胡座をかき座っている斬像を召喚し、目を閉じさせる。
これが名付けて"置キ刀"。
この状態で置いておくことにより、とても省エネで且つ遠くに行っても維持し続けることが出来る。
「ふう···」
よし、ここでする事は全て終わった。
そして俺は家を後にし、生まれ育った街に帰って来て少しだけ名残惜しいと思う気持ちを、昔よく母さんと来ていた中華屋で昼食を取ることで発散させるべく入店する。
そして注文を終えると俺は店の中をぐるっと見渡す。
言っても、この店に来るのは半年ぶり位の為そこまで懐かしいと言った感じではないが、この半年は俺にとって激動過ぎて、思わず普通の男子中学生をしていた頃が遥か昔の事に感じられてしまった。
「お、見ない顔だね。学生さんかい?」
「え、ええ」
ラーメンを作りながら店の店主のおじさんが急に話しかけてきて俺は焦りながら返事を返す。
「そうかい。···はいお待ち、お嬢ちゃん美人だから味玉1個おまけしちゃうね」
「ど、どうもありがとうございますわ」
そもそも覚えられていなかったのか、俺の女装が完璧だったのかは分からない。
だが昔は"坊主"と言って可愛がってくれた店主のおじさんにそう言われ、俺の心はそんな人にもバレなかった事を喜んでいいのか、それとも悲しんだらいいのかという少し不思議な感情に支配される。
そんな気持ちの中、俺は少し急ぎめに食事を済ませ、会計を終わらせ店の外に出た。
「ふう、さあ戻るか···」
と俺は1度深呼吸をした後、独り言でそう呟く。
そして電車に乗り込み、また数時間の道のりを戻って学園へと帰った。




