吉野宮暁良と隠された扉 9
そして、数分後。
「はあはあ···」
「よく見破りましたね」
地面に座り込み呼吸を乱す俺に対し来島先輩は壊れたネックレスを手に持った状態で笑いかける。
「ズルいですわよ。マガツモノの弱点をそんな風にはしてるなんて」
「何を言うんです。地中に埋めるとかよりは幾分もマシかと思いますが?」
来島先輩はそう言って今度は意地悪そうに笑う。
そうマガツモノ、ケンロウガジョウの弱点はマガツモノ自身の体の何処かに隠すのでは無く、来島先輩がネックレスにして身につけていたのであった。
「それに私は"私が相手になる"と言ったでしょう?貴女達の相手は最初から私だったんですよ?」
「ああ確かに···」
「ふふ、まあ今回は少し意地悪をしましたが、それもこれも禍津解錠で現れる強力なマガツモノへの対応力を鍛えるためですね。それにもしかしたら新種のマガツモノなんてものも現れるかも知れませんしね」
「新種···ですか?」
「もしかしたらです。しかしそうじゃなくても現れたマガツモノの情報を調べる事が出来なかったらそれは貴女にとって新種と同義です。違いますか?」
「た、確かにその通りですわね」
「まあ、ですので今回の戦いはそういった物の予行練習みたいなものですね。······さあ休憩を終えたらまた訓練の続きをしますので貴女も早く休んできて下さい」
続いて手を叩き、俺を急かす様にして休憩を促す来島先輩。
それを受けて俺は急ぎめで立ち上がると飲み物を買うために、グラウンドから学園内に戻って行く。
そうして飲み物を買い終え、グラウンドに戻ろうと元来た道を引き返そうとし、角を曲がる。
しかし。
「ん?」
俺はその途中で何者かが倒れているのが目に入る。
「大丈夫ですの!」
急いでその人の元に駆け寄る俺だったが、その人物を見てさらに驚愕する。
「遼!お前どうしたんだ」
「ぐっ···はあはあ」
俺はうつ伏せで倒れていた遼を仰向けに変える。
すると、彼の顔は驚く程に赤くなっていて、息は荒く、明らかに体調が悪いという事は誰の目からも明らかであったが、俺は念の為に手の平を遼の額に当てる。
「熱っ、お前すげぇ熱じゃねーか!なんで言わなかった!!」
「はあはあ」
しかし、遼は俺の言葉に返事をすることは無く、目を閉じたままで荒い呼吸をだけが俺の耳に入ってくる。
「くそ、無理しやがって」
遼が倒れた理由はだいたい想像ができた。
こいつは訓練が始まってからも尚、扉探しを続けていて、今も恐らく休憩時間を使って探しに行こうとしていたのだろう。
そういった無理が祟った事は火を見るよりも明らかであった。
「言えよ。全く」
そう言いつつ俺は遼を背負うと学生寮に向けて走り出した。
そして部屋に付くと遼を着替えさせ、ベッドに寝かせると冷却シートを雑に額に貼り付ける。
それからリリネに事の顛末を電話で知らせ、この後の訓練を休む事を告げた。
それから散らかった遼の服を片付け、一段落すると俺は椅子に腰かけた。
それにしてもコイツは何でここまで弱ったんだ?
今までの疲れが溜まっていたという事は考えられるが、訓練が始まってからはまだ休みが無く、遼が1人で扉探しをしていたのは訓練の休憩時間と訓練終了後の僅かな時間のみだ。
この疲弊っぷりは少し違和感がある気がしてならない。
とそんな事を思った瞬間、遼の携帯の着信音が鳴り響く。
少し悪い気がしたが、俺は出来心で遼の携帯を手に取り画面を確認する。
するとそこに表示されていた発信者名には"クズ"とあり、雰囲気でそれが遼をこの学園に送り込んできた大野木さんだと推測出来た。
そして同時にこの電話が今回の件と関係している気がして俺はその電話を取った。
「···」
「あー、もしもし遼くん?進捗はどうかな?サボったりしてない?」
大野木さんとは面識が無く、声なども遼が電話している所から漏れてきたものしか聞いてはいなかったが、今俺はこいつの態度に物凄く腹が立った。
「進捗ってどういう事っすか?」
「あれ、その声は暁良くん?遼くんはどうしたのかな〜?」
「遼はちょっと今は出られないっすね。てか質問してるのはこっちなんすけど」
俺は普段よりも2段階ぐらい低いドスの効いた声で淡々と言う。
そして俺の様子から大野木さんも大体の事は察したのか"なるほどなるほど"と小さい声で口にする。
「ああ質問ね。進捗っていうのは暁良くんもご存知の扉探しの件だよ。そもそも九條学園に遼くんを送り込んだのも色々と調べてほしい事があったからだからね〜。···今回の件がもしかしたらその手掛かりになるかもしれないって思って調べてもらってたんだよ」
···なるほどそういう事か。遼が何故、最初は興味が無さそうだった扉探しを1人で続けていたのか、その理由がハッキリわかった。
だがしかし、もう1つ分からないことがあった。
「もう一つ質問っす。遼が何故こんなに早く疲弊したのか分かります?数日前までは普通に元気でしたけど」
「う〜ん、でも体調が悪くなるのなんて結構そんなもんでしょ?あ〜、でもまあ夜も神具能力を探して貰ってたし、能力の使い過ぎとか寝不足とかで無理させすぎちゃったかな?」
「···は?」
「え?」
「いやいや待て待て、夜は警備が厳しくなって捜索出来ないってなったんだろ?」
「あ〜、そうかそうか。聞いてないのか」
「なんだよ」
「いや僕が裏で手を回して、夜の警備員の中に協力者を紛れ込ませておいたんだよ。それで遼くんは昨日まで鎧鬼で夜も捜索出来てたんだ」
大野木さんからの言葉に俺は衝撃を受けて、辛そうにして眠っている遼の方に目を向けた。
こいつマジかよ。だからそういう事は言えって。
俺が大野木さんからの言葉を受け、押し黙っていると彼は再び口を開く。
「遼くんには今日はゆっくり休んでもらって明日からまた捜索を頑張ってもらおうか。あとやっぱり禍津解錠の訓練と並行してってのは大変そうだし、そっちは諦めてもらうほうがいいね」
こいつ勝手なこと言いやがって。
「お、おい!」
「ん、なに?」
大野木さんは笑いながら俺に質問を返してくる。
とその瞬間、俺はこの人の考えている事を完全に理解した。
···。
非常に不本意だ。だが。
俺は再び遼の方に目を向け、そして、数秒間考えその後口を開いた。
「アンタさっき夜の警備員の中に協力者がいるって言ったよな。そいつに言って今日だけ他の警備員を無力化して貰えないか?」
「ん?まあ可能だけどなにするの?」
「白々しいこと言わなくていい。アンタの掌で踊ってやるって言ってんだ!」
「···」
「あとこの携帯に学園内でまだ捜索していないエリアが分かる画像を送ってこい!わかったな!!」
そう吐き捨てて俺は通話を切る。
「全く···」
そしてそんな事を呟きつつ、俺は実家に常に待機させている斬像を消滅させる。
これをする事で1度に操作できる斬像の数を格段に跳ね上げる事が出来る。
だが、まだ緊急避難の策を無しに戦う覚悟も出来ていない為、これは実戦レベルではない。あくまで捜索しかしないと決めているから出来る行為だ。
その為、俺は今日の捜索が終わったら数時間掛けて実家に帰り、また斬像をセットして来なければいけない。
「はあ···面倒を掛けてくれるな」
そんな事を考えつつ俺は立ち上がり、最後にまた遼の顔を見て微笑みかけた。




