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吉野宮暁良と隠された扉 2

 「準備はいいか?」


 「···ああ、まあな」


 「なーに心配するなヤバくなったら助け舟を出してやる」


 現在午後4時。


 学生寮の入口からホテルのロビーのようになっている部分に侵入する事に成功した初老の清掃員に扮した騎士を、学生寮の中から眺めながら、ワイヤレスのイヤホンを用いて小声で連絡を取り合う。


 「よしそうしたらそのまま真っ直ぐに俺達の部屋へ迎ってくれ。そうしたら数分後に俺も行って、部屋の中の清掃を頼む振りをして中に招き入れる」


 「ああ、分かった。···全くなんでこんな苦労して···」


 「まあそう言うな。今、遼が今夜の宴に相応しい食事を量が多くて安いアメリカンなあのスーパーで買ってきてくれてる」


 「···はあ、よし」


 騎士は最後にため息をもらし、掃除用具などが色々と入った手押しの台車を押して、歩き出す。


 だが。



 「「きゃ!」」



 と女の子2人ほどの声がロビーに響く。


 俺は驚いてそちらを見ると騎士の目の前辺りで2人の女子がぶつかった様でお互いに尻もちをついていて、それぞれ持っていたタピオカミルクティーと牛乳を床と自身の身体にぶちまけていた。


 「ちっ、どうする吉野宮、やはりこの格好をしているのに掃除をしない訳にはいかないよな?」


 「···ラッキースケベ男め」


 零れた飲み物が女の子の服にかかり下着を透けさせていたのを遠くから見ていた俺は羨ましさ···もとい軽蔑からそう呟く。


 「何言ってんだ。とりあえず助けるぞ。······こほん。大丈夫?よかったらこれ新品だから使って、床は私が掃除しておくから部屋でシャワー浴びてきたら?」


 騎士はタオルを手渡しながら裏声を使っておばあちゃんの様な声を出し、女の子達にそう告げる。


 「あ、ありがとうございます」


 「いいから、気にしないでちょうだい」


 「はい、ではお言葉に甘えて。本当にありがとうございます」


 女の子達も全く疑う事なく騎士の手渡したタオルを受け取り、感謝を述べると騎士が提案した通りに自室へと戻って行った。


 「···で、なに色だったんだ?」


 「は?バレないか心配で見る暇なんて無かったわ。てか返事くらいしてくれよ」


 「いや、まじでそのままバレろとすら思ってしまった。悪ぃ」


 「言っとくけど俺がバレたら道ずれにするからな」


 とそんな会話を繰り広げながら、床に零れた飲み物を掃除し終えた騎士は一息つき再び歩き出す。

 

 

 「ああ、ちょうどいい所に」



 しかし騎士の前にソワソワとした様子の背の低い少女が駆け寄ってきてしまう。


 うわ、また嫌な予感が···。


 俺は固唾を飲んでその様子を観察する。


 「すみません私、急用が出来てしまいまして、廊下の掃除はいいので大浴場の掃除をお願いできないでしょうか?本当は午前中に終わらせてるのですが今日は立て込んでいて」


 この学生寮の寮長であるその少女、もとい女性の御堂心音は少し焦った様子で騎士にたずねる。


 学生寮は非常に広い為、寮長である心音ちゃん以外にも清掃員や料理人などの人が雇われているが、なるべく人員を節約する為に風呂掃除だけはいつも心音ちゃん一人で行っていた。


 「あ、あの···」


 「本当にすみません。これ掃除のマニュアルです。ああ、大浴場は1階の中央の辺りで、ちょうどあそこを曲がったところです。すみませんがよろしくお願いします!!」


 「え···」


 本当に焦っているのか、心音ちゃんは走り書きされた紙を清掃員に扮する騎士に渡し、大浴場の場所を伝えると走り去ってしまう。


 「風呂掃除···どうする吉野宮」


 「···」


 「吉野宮!?おいだから返事してくって」


 「ちょっと俺、自分の部屋に戻ってるわ。あとは適当に宜しく」


 「いや待って···待ってください。ってか、これも不可抗力だろ」


 「はあ、こっちは初日以降大浴場に足を踏みいれていないってのに。本当、やりますね騎士さんまじリスペクトっす」


 「お、おい、本当に頼むぞ。お前も来てくれよ、なあ···」


 俺が半分からかう目的でそう言うと、騎士は普段とは少し違った頼りなさそうな声で返してくる。


 全く仕方ねーな。


 俺はとぼとぼと大浴場の方へと向かっていく、騎士の小さくなった背中を眺めた後、ゆっくりと立ち上がりその後を追った。




 「斬像!」


 大浴場の脱衣所で俺は刀を帯刀した状態の斬像を10体ほど召喚し、そいつらに掃除用具を持たせる。


 「本当に便利だな」


 「ああ、ただ疲労的には斬像達がやった仕事をすべて1人でやったのと仮定した時のそれとそこまで変わらないからな。お前もしっかり働けよ」


 「ああ、分かってる」


 そう言うと騎士は召喚された斬像の一体の顔をマジマジと見つめる。


 「···なるほど、近くで見ると改めてお前とそっくりなんだな」


 「まあ、そういうもんだからな。可愛いからってキスとかするなよ。こいつらは生命体に一定以上の面積触れられると消えちまうから」 


 「!?···いやしねーよ。するわけねーだろ」

 

 「へー、まあ遼曰く、斬像ちゃんの方が俺の数段可愛いらしいからな。忠告って奴だ。···はあ、じゃあ始めるか、えーっと、まずは···」   


 俺はそう言って話を切り上げ、心音ちゃんが殴り書きしたメモを見る。


 しかし。


 「おうふ」


 「これは···」


 俺と騎士はお互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮べる。


 俺達を困らせた心音ちゃんのリストの1番最初にはこう書かれていた。



 1、忘れ物チェック、貴重品や下着類は寮長室へ、それ以外は忘れ物ボックスに。


 

 ごくり。


 シーンと静まり返った脱衣所に神妙な様子の俺達の生唾を飲む音だけが響く。


 それから俺達は数十秒間の間、どうにかして自分達を正当化する方法を考えたが見つからず、結局思考を放棄しひたすらに何も無い事を祈りながら風呂掃除に取り掛かったのだった。

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