入学式 1
「つ、ついにこの時が来てしまった···」
俺は緊張で顔を引きつらせながら呟き、確認の意味を込めて真っ暗なスマートフォンの画面に自身の顔を写す。
だ、大丈夫なはずだ。若干背が高めで、多少のツリ目ではあるがしっかりと女子に見えるはずだ。
そう俺はこの日のために色々と準備はしてきた。メイクなどの技術を学び、この女装が通用する事は実証済みだ。自信を持て、自信を持つんだ俺。···俺はかわいい!
そう自分に言い聞かせ、気合いを入れ直し、改めて周りの風景を見渡す。
見渡す限り女子!女子!女子!なんと素晴らしい光景だろうか。
俺はこの女子だらけの状況で疑われていない事を確信すると、まだ不安と後悔はあるながらも、この壮観な眺めを楽しむ余裕が生まれていた。
「よし!」
と気合いを入れ直し、俺は1歩踏み出そうとする。
だが。
ドンッ!と、出鼻を挫く様に、背後から俺の背中に衝撃が走る。
「ごめん。よそ見してた」
「いえ、私もこんな所に立ち尽くしてしまって、迷惑でしたわね。申し訳ありません」
俺は何故かあの老婆を助けた時に使ったお嬢様のような口調を採用し、謝りを入れながら振り返る。
そこには白色でセミロング程の長さの髪を持ち、身長155cm前後くらいで大人しそうな見た目の無表情の少女が立っていた。
その少女の手にはこの学園のシラバスが握られていてどうやらそれを読みながら来た為、前をよく見ていなかったと推測できた。
「私も悪かったですが、本を読みながら歩くのは危険ですわよ。転んで可愛い顔に傷が付いたら大変ですからね」
俺は出来る限りの"お姉様"感を出しつつ言った。
しかし。
「ん、気をつける」
白髪の少女は無表情のまま小さくペコリと頭を下げ、そのまま立ち去ってしまう。
「おかしいな。今のは中々だったと思うんだけど」
もう少し好感触かと思ったが肩透かしで終わってしまい首を傾げる俺。
ま、まあいい。想像とは違ったが初会話は中々の上手くいったし、恐らく怪しまれてもいなかった。この感じで行けば案外チョロく目的を達成できるかもしれない、俺はそう感じて先程よりも少しだけ足早に学園の中へと歩き始めた。
「えーっと、俺の名前は何処かな」
クラス分けが書かれた電子掲示板の前に来た俺は小声で独り言を喋りながら、自身の名前を探す。
そして1-2の欄で俺の名前である吉野宮暁良と言う文字を発見する。
「1-2ですわね」
「あら?アンタも1-2?」
「え、ええ。と、という事は貴女もですか?」
「まあこの流れならそうでしょ?私は二条院リリネよろしくね」
と突然話かけてきた金髪ツインテールの勝気そうな少女は手を俺の方に出していきなり握手を申し込んでくる。
「そうですわね。よろしくお願いしますわ」
いきなり申し出に俺は手を震わせながらも、平然を装いその握手に応じる。
しかしその手を握った瞬間、俺は雷で打たれたような衝撃を受ける。
柔らかい手、そして暖かな温度。さらに俺の事を真っ直ぐに見つめる瞳。
たかだかそれだけと言えばそうではあったが、それでも俺の心と、そしてある一部には来るものがあり、俺は疑われない程度に早急に握手を切り上げた。
「で、では教室に参りましょうか」
「そうね。行きましょ」
俺と二条院さんはそう言葉を交わすと教室の方へと向かうため歩き出す。
はあ、危なかった。これが女の子という生命体か、恐ろしすぎる。そして自分の俺の免疫の無さにもドン引きだ。
「ああ、そこのお2人ちょっと待ってください」
「?」
俺たちは自分たちを呼びとめる声を聞き振り返る。
するとそこには三つ編みで眼鏡をかけた見るからに優しそうな笑顔を持ち、さらには豊満なバストをも併せ持ったいかにも学級委員長と言う見た目の少女が立っていた。
そして、さらにそのすぐ後ろを見ると先程校門でぶつかった白髪の少女の姿も確認出来た。
「今日は入学式からですので講堂に集合ですよ。···あ、ああ。私、東雲美波と言います。それでこちらが」
「久瑠美遼」
「私達も1-2なんです。よかったら一緒に行きませんか?」
三つ編みの少女、東雲さんは人を惹きつける包容力のある笑顔で首を傾げ、尋ねてくる。
「そ、そそ、そうですわね。二条院さんもいいですわよね?」
「ええOKよ」
俺は未だに慣れない女の子との会話に苦戦しながらも二条院さんに確認を取り、それを了承する。
え、ええっと、これはどういう事だろうか?あれよあれよという間に俺の周りに既に3人の美少女があつまってしまった。
金髪ツインテールの勝気な美少女、眼鏡っ娘プラス三つ編みで巨乳な母性溢れる美少女、白髪セミロングで不思議なオーラを持った無表情な少女。
最高じゃないか?これでもし妹系の美少女とかが増えようものなら数え役満だぞ。
俺は喜びと、上手く行き過ぎている事への不安感を同時に抱きながら、この学園の中等部に通っていたらしい東雲さんに連れられ入学式が行われる講堂の方へと向かった。
入学式では色々なことが話された。
それはどうでもいいお祝いの言葉や、長ったらしいこの学園の成り立ちやシステムなどの説明であった。
が、まあ掻い摘んで話すと、この九條学園は"神具"という限られた女性のみが実体化させ操ることが出来る武器を使い、自然災害的に出現するモンスター、"マガツモノ"を駆除する存在"御子"の育成を行う学園であり、その中でもこの九條学園は国にいくつかある学園の中でも極めて優秀な者が集まっているのが集められているため、しっかりとした品位と自覚を持って鍛錬と勉学に励み、実践でそれを活かしてくれという事であった。
さらにそれと同時に説明された九條学園の施設は教室や訓練室、食堂などどれも1級のものであったが、その中でいい意味でも悪い意味でも俺の目を引いたのはやはり学生寮の存在であった。
この学園は全寮制が導入されていて学園の生徒は皆、寮に入らなくてはならない。
とこの情報は俺は前もって知っていたのだが、実際に突きつけられると少し恐ろしいものがあった。
何せ、女子たちとの共同生活は自分の正体がバレてしまうリスクを極端に高める事になってしまう。
「はあ」
「どうしたのよ。···ああ分かったわ、マガツモノに怖気付いたんでしょ?真っ先にマガツモノの群れに飛び込んでいきそうな見た目のクセに」
「え、ええ、まあそうですわね」
この学園生活での最大の旨みであり、同時に毒ともなり得る寮生活を思って出てきた俺のため息の理由を勘違いした二条院さんは少しおちょくる様に肘で俺を小突き、俺もそれに乗って苦笑いを浮かべる。
「ああ、そう言えば東雲さんはこの学園の中等部出身でしたわよね。マガツモノと戦っていたりはしたんですか?」
「い、いえ中等部は基本的に訓練のみで、実践は高等部に入ってからなんです。なので私も今からビクビクですよ」
と東雲さんも俺に釣られて不安そうに苦笑いを浮かべてしまう。
···これはしまったな。フォローを入れなくては。
「まあ、きっとなるよぅ···」
「もしも何かあったら私が守る。安心して」
俺の健闘も虚しく、俺の言葉は割り込んできた久瑠美さんによってかき消されてしまい、あまつさえ東雲さんの手までにぎられてしまう。
「あ、ありがとうございます。久瑠美さん」
「うん大丈夫」
なんと百合百合しい光景だろうか。まあ出来れば俺が手を握ってあげたかったが、この光景を近くで見れた事は、まあ役得と言えば役得なので良しとしよう。
俺は公園で孫が遊んでいる姿を眺めるおじいちゃんのような心境で微笑む。
「それにしても暇ね。···ねえ、好きな歴史上の御子って誰?」
すると本当に暇そうに壇上を眺めていた二条院さんが急に話を振ってくる。
歴史上の御子か···。やべぇ全然知らねー。てかそれが御子志望の少女たちのマストな話題なのか。
俺が回答に困っていると真っ先に東雲さんが質問に答えるため口を開いた。
「私はやっぱり朝倉御子ですかね。日本で最初の神具使いの集団を束ねた人物で神具使いを示す"御子"の語源にもなってる方なので。そう言う二条院さんは誰なんです?」
「ベタね。私はやっぱり黒炎太夫かしら。神具の能力も近いし···でそっちの2人は?」
続いて俺と久瑠美さんに話が振られる。
やべぇ、朝倉御子は俺でも知ってたのに取られちまった。他は誰かいたってけ?
「私は看板娘お菊。見ててスッキリする」
「あれ?それは半分作り話じゃなかったかしら?」
「そうなの?知らなかった」
看板娘お菊は子供の頃から時代劇でよくやってたからな。くそ、その手あったか。
「で?あんたは?」
「えーっと、私はですわね······す、鈴原睡蓮が好きですわ」
俺は昔聞き覚えがあるような気がする人物をどうに絞り出す。
「鈴原睡蓮ね。結構マイナーな所ついてくるわね。確か幕末くらいに少しだけ活躍した人だったかしら」
「そうですね。でも鈴原睡蓮と言えばあの噂は有名ですよね」
「ああ、あれね···」
東雲さんと二条院さんは顔を合わせて含みのある笑みを浮かべる。
「な、なんですか?」
実は大量殺人をしでかしたみたいやばい奴だったのか?
そうだとしたらチョイスした俺まで変な目で見られてしまいかねないぞ。
「いや私は信じてないけどね。もしかしたら男だったかもしれないって言われてるわよね」
「ええ、都市伝説系の番組でも時々取り上げられてますね」
へ?まじで?
「そ、そうなんですね。存じ上げてませんでしたわ。ははは、でもそんなの嘘に決まってますわよね?」
俺は無理やりに笑顔を作り、その話題を笑い飛ばす。
いや、どんな確率でまずいのチョイスしてんだよ俺。
てか今も昔も男は考える事が一緒なのか!?いや、この人が本当に男かは知らないけどさ。
それから俺はその話題から逃げるように壇上を見る。
「ではこれで入学式を終了とさせて····」
と既に入学式は終了間近で司会進行の人は既にまとめに入ってるところであった。
ふう、やっと終わったか···と俺は出そうになった欠伸を喉の辺りで押し殺す。
しかし。
♪♪♪。
その時、警報ががうるさいくらいに鳴り響く。
そしてその後、補足するように放送が流れる始めた。
「ただいまマガツモノの反応を確認致しました。予測される危険度はA、発生場所は···っ!?九條学園正門付近です!!その付近の生徒は危険度がAランクの為、付近の民間人の避難を優先し、勝手な戦闘は避けて下さい。また新入生はそのまま講堂で待機していてください」
突然入ったその放送を聞いて、講堂の新入生達はザワザワと騒ぎ出し、一瞬の内にうるさいくら位の雑踏に包まれる。
「って、何よこれ。いきなりなんなの!?マガツモノってマジなの?」
先程までとは打って変わって二条院さんは明らかに動揺した様子で居て、その身体は僅かに震えていた。
どうやら先程の俺への言葉は、自身のそういった所を隠そうとしての発言だったようであった。
···これは傍にいてあげて、優しい言葉でもかけて上げれば二条院さんの好感度爆上がりではないか?
······いや待て待て、視野を狭くするな俺。この状況、もしも俺が現れたマガツモノ倒せば、俺の株は生徒からだけで無く学園側からも最高潮になるだろう。そうすれば二条院さんだけでなくここにいる全員の心を総取りすることも出来る正に一石二鳥だ。
「東雲さん、二条院さんの事は任せましたわ」
「っ!?ちょっとどこへ行くんですか?ってまさか!ダメですよ。勝手な戦闘は避けるようにさっき言われてました」
「そ、そうよ。危険よ。それにアンタも怖いんじゃないの?」
「怖くないと言えば嘘になります。しかしマガツモノが現れ、被害が出るかもしれないと聞いてしまったからには、放ってはおけませんわ」
よくそんな耳障りのいい言葉がスラスラと出てくるなと、自分に驚きつつ、俺はマガツモノの現れたという正門に向かって行った。
「吉野宮さん!···久瑠美さんも止めてくださいって···あれ?」
俺の後方からは東雲さんのそんな声が聞こえてきたが俺は振り返ることなく正門に向かって走った。