ユウキを持って。
青年がいる。
19歳か20歳くらいの年齢だろう。
この青年は今人生の岐路に立たされている。二浪したのだ。
世の中にはもっと浪人をしている人がいるのは知っている。進学せずに働いている人がいるのも知っている。しかし、青年は視野がそこまで広くない。自分の身の回りだけを見てしまう。だから、焦りを感じ、不安になる。
一浪しているときだって辛かった。成績は本番が近づくにつれ下がっていき、ミスも増えていく。自分に苛立ち、行く当てのない憤りを感じることも多々あった。それでいて、入試が終わり、結果を見て、反省をしていいのかもわからない。言ってしまえば無駄な、不毛な1年を過ごしていた。
人の幸せを憂い、嫉妬し、そして自分に落胆する。人が羨ましいと何度思ったことか。何度あの時に戻れたらと後悔をしたことか。
とあるスポーツ選手は『努力は人に見せるものではない』と言った。確かにもがいている姿を誰かに見られたいとは思わない。ましてや努力は失敗がつきものだ。そんな失敗しているところを人に見られるなんて恥ずかしい。
でも、この失敗は人に見てもらいたい。誰かに思いっきり笑われた方がむしろいいのかもしれない。
そんなユウキなんてない。
青年はそれ以来、下を向くことが増え、人と会う数も少なくなっていった。
そんなある日、下を向いて歩いていると少年が目の前に現れた。
青年は突然のことにびっくりして、尻餅をついてしまった。しかし、周りに人がいなかったのか笑われることはなかった。
「やあ!〇〇〇!」
とっても明るい声で少年は挨拶をしてくれた。どこかで見たことのある服だと思ったが、どこにでも売ってるような子供服だ。
や、やあ。きみはどうしたの?
「僕はねえ、〇〇〇のことを探していたんだよ!ようやく見つけることができた!」
まだ声変りをしていないのか少年の声は大きく、耳に響く。
探していたってどういうこと?
「んー、なんか今の人生が楽しそうじゃないなあって思って」
こんな子供に心配されるような顔をして歩いていたなんて。自覚はしているがまさかそこまでとは。
そんなことないよ。俺はこれから勉強しにいくんだ。じゃあ、またね。
青年は少年の横を通り過ぎて歩いていこうとする。しかし、少年は言った。
「じゃあさ、浪人しなかったときの自分を見てみたい?」
青年は足を止める。
「ほら、まずこれが現役で受かった時の今の姿だよ!」
青年は思わず振り返ってしまった。本当なら振り返ってはいけないと心の中で思っていた。子供のでまかせだろうと思っていたが、振り返るしかなかった。見たかったのだ自分がどうなっているのか。
そこにいたのは笑顔でバイトをする青年だった。居酒屋で1年目ながらシフトに多く入ったために様々な仕事を任されていた。忙しそうに見えたがそれでも顔は笑っていた。なぜならバイトの先輩とお付き合いを始めてから今日で1か月だから。
学校では委員会に入り、先輩にも頼られるような素晴らしい人間だ。
眩しすぎる。まるで今の反対のような生活。この浪人していない青年が地上なら今の青年は地下どころか地球の反対だ。
もういいよ。俺にそんなものを見せないでくれ。浪人なんてしなきゃよかった。一浪でも同じようなんだろ?
「うん。一浪だったらコンビニバイトで高校生の彼女が出来ているね」
青年は、さっきよりも下を向いている。もう自分のへそを見ているのかというくらい。
もし浪人をしていなかったらと考えてしまう。考えていなかったことを考えさせられてしまう。頭から離れることのないことを考え………。
自然と目から涙が溢れた。しかし、一粒だけ。たった一粒の涙だけが頬を伝う。
「でもね……」
少年は優しく呟いた。まるで自分のことかのように同情した目で。
「これはあくまで浪人しなかったらなの。今、浪人した身のままだと未来が…」
そう言って少年は新しい映像を見せる。しかし、少年の顔はより暗く、悲しそうにみえる。
少年が見せる二浪した青年は酷かった。
恋人が病気にかかり息絶え、勤めていた会社は社長の隠蔽疑惑により経営破綻、その負債を社員である青年が被り借金生活に追われる。
まさに地獄だった。
青年は今のままの自分がこうなるのだと考えたら見るのが辛くなって途中で目をそらしてしまった。
見れるはずがない。このまま一年が過ぎ、受験が終わったとしてもこんな未来があるなんて知っていても乗り越えられるわけない。
青年はへたり込んで地面に座ってしまった。頭を抱え、目を瞑り、唇が震える。
少年は見ていた。ただただ目の前でへたり込んでいる青年をただ見ていた。その目は悲しさを通り越して呆れや怒りに近いものなのかもしれない。
「〇〇〇。」
少年が青年の名前を呼ぶ。
青年は顔を上げず未だに震えている。
「〇〇〇!!!」
少年は青年の胸ぐらをつかみ引き寄せた。
青年はそこで初めて少年の顔が見えた。その顔は…自分だった。
どうりで見たことのある服だし、見たことのある姿勢だなと思った。
青年の幼い時の姿が胸ぐらをつかみ、目を見張っている。
「〇〇〇、僕が今見せた未来はこのまま何もしなかったときの未来だ。今のまま、ただ塾に通い同じような日々を過ごした時の未来だ」
………
青年はさっきからの震えがおさまった。だが、顔色は碧いまま。
「だからって、勉強をしてほしいわけじゃないんだよ。僕がこの映像を見せて言いたかったことは後悔をするなということ。来年君は受験に合格したとしてもつまらない学校生活になるなら今すぐやめた方がいいんだよ。人生なんてそんなもん。君の少年時代である僕が言うんだからよっぽどだよ」
青年は少年の顔を見る。
少年はその顔をしっかりと見つめなおし、微笑んだ。
「だけどね、未来を変えることなんて簡単だ。僕だって君がこんな未来になるなんてことは嫌だよ。だから、変えてくれ。変わってくれ。」
でも、どうしたら……
青年は喉を振り絞るように声をあげようとするが声が出ない。
しかし、少年はまるで聴こえているかのような反応をする。
「そうだなぁ、とりあえず旅行しよう。一年もあるんだ。日本のどこを回ろうか考えたほうがいい。それから、バイトも始めよう。いろんな人と出会うことが大切だからね。あとは、サッカー好きでしょ?サッカーを始めてもいいねぇ。あとは、あとは…」
どうしてそこまで……。
青年は声に出さない。心の中で喋るだけで少年には聞こえている。
「どうしてって?そりゃあ君が僕の未来だからさ、○○○」
少し矛盾が生まれているかもしれないが青年はそれに気づくことなどない。ただ今目の前に少年時代の自分がいるというだけで衝撃なのだから。
少年の言葉は荒んでいた青年の心に突き刺さる。今まで誰も声をかけてくれなかった。声をかけてくれても慰めの言葉ばかりで全く心になど響かない。
少年の言葉も慰めに近いのかもしれないがその言葉には熱があった。冷めてなどいない、心からの言葉だった。
「○○○、二浪したことを悔やまないこと!それが一番大事なんだから!」
それから少し青年が落ち着きを取り戻した頃、少年は時間だと言って帰ろうとしていた。
もう…行くのかい?
「うん、もうこれ以上ここにはいれないからね!」
そう言って少年は立ち上がり、青年に向き直る。
「じゃあ、頑張ってね!僕は応援してるから!」
少年は曇りない笑顔でそう告げると背を向けて歩いて行く。
「お、おい!」
「ん?」
青年はそこで初めて声を出した。
その声は人生で一番熱意のこもった本気の声だった。
「俺、頑張るよ。これから先も頑張って生きていく。だから、見ていてくれ」
もう二度とこんな約束はしないだろう。見ていてくれなんて、恥ずかしくて誰かに言えたもんじゃない。
「ふふふ、楽しみにしてるね」
少年は微笑んで暖かい目で青年を見る。そして……。
「じゃあ、最後に………」
少年はさっきよりも青年をじっと見る。青年もその目に応えるように見つめ返す。
すると、少年の姿がどんどん変わっていく。
青年が瞬きをする度にその姿は10年ごと歳を取っていく。
「僕は、
俺は、
わしは、
幸せだったよ。
だった。
じゃった。」
そして、次目を開いた瞬間…少年はいなくなっていた。
最後に青年の一生の姿を全て見せた。
そして、幸せと言って去った。
少年はそれを伝えたかったのかもしれない。
「さてと、とりあえず一回家に帰って荷造りでも始めるかな!」
青年の声は案外響き渡り、周りの人からの目線が突き刺さる。
青年はちょっとこっ恥ずかしくなって、早足でその場を離れていった。
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青年が目覚める。
25歳か26歳くらいの年齢だろう。
この青年は今人生の岐路に立たされている。
結婚を決めたのだ。子供も出来る。会社での位も上がる。
まさに人生で大事な節目が今に重なっているのだ。どれも大切なもので何一つ欠いてはいけない。
しかし、青年の顔は決して曇らない。むしろ後悔をしないようにと必死に笑っている。
その心にはいつもあの時の少年の顔と言葉が浮かんでいる。
あの二浪のときから一度も忘れることはなかった。だから、成功できた。
でも、まだまだと謙虚な気持ちでもっともっと頑張らなくてはならない。
マンネリ化することなく、今の気持ちを保ち続けるにはあの時の失敗を思い出し、原点に帰ることが必要だった。
「なぁ、○○○。今の俺はどうだ?後悔してるように見えるか?」
空に向かって呟いた青年の声は誰かの耳に届いてるような気がする。
その声を聞いたのか、部屋から青年を呼ぶ声が聞こえる。
「さぁ、行こうか」
青年の物語はまだほんの序章に過ぎない。
一年ぶりの投稿です。今回は短めですみません。
長編を書いてはいますが進む気配がありません…。なので私小説に近いこの短編を書いてみました。私のペンよ、動いてくれ…!