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4月1日の幽霊  作者: りく
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後編

「この公園なわけだな?」


 京平の学校の近くにある公園。

 ここは、駅と学校を結ぶ途中にある。京平も毎日通っている道だ。

 つまり、彼女の思い人は、彼の学校の生徒という事だろう。

 なんと言っても、彼の通う学校はここらでは有数の県立校だ。彼女の着てる制服の女子校でも、当然人気がある。

 彼の友達にも、その学校に通う彼女がいる奴もいる。

 彼女の片想いの相手が、京平の学校の人間でもおかしくはないだろう。


「そう、そう」

 彼女は嬉しそうに頷く。

「で、相手は?」

「そりゃあ、この私に相応しい、格好良くって頭良くって、スポーツ万能で、性格良くて、素敵な人よ!」


「はあ? なんだそりゃあ」

 呆れて問い返すと、彼女は視線を泳がせている。


 つまり、覚えてないって事か。


 察して、京平は溜息をつく。


「名前とか、学年かとか、そう言うことも覚えてないわけ?」

「私のこともわからないのに?」

 怒ったように彼女は返す。


 怒りたいのは俺の方だと思うんだけどな。


 はあ、っと京平は溜息をつく。


「で、あんたはここに来たのか?」

「はい?」

「ここに来て、目的の男に会ったのか? 会ったけど勇気がなくて告白できなかった。会えなかった。ここに来る前に死んじゃった。

 どれ?」 

「うううううん。難しい問題ね」


宙をくるくると回りながら、彼女は呟く。悩んでいるようには見えない。考えているようにも見えない。

 踊っているように見える。


「真面目に考えろよ?」

「考えてる、考えてる。

 何か思い出せそうなんだから、ちょっと黙ってよ、うるさいなあ」

「うるさいだぁ? お前ふざけんなよ? 俺がお前に付き合う義理はねえんだぞ?」

「うるさい、うるさいぞ。だから黙ってろっての」


 あまりの言いぐさに、京平は言葉を失う。


「お……」

「階段!」


 突然大きな声で彼女は叫んだ。


「階段?」

「階段よ、階段。そう、階段だわ。さあ、すぐ行くわよ!」

「階段って、どこの階段だよ」

 京平は疲れたように尋ねる。


 ついて行けない。

 こいつのテンポにはついていけない。

 って言うか、逆らっちゃいけないのか?


「あっちあっち、坂の方の階段。

 うちの学校からの近道なんだよ。あそこを通った記憶がある」

 彼女はそう言って、さっさと階段へと向かう。


そりゃあさ、階段を通った記憶はあるだろうよ。

 好きな男がいる学校をのぞきに来たのは、一度や二度じゃないだろう?

 いつの記憶だよ、それ。


そう思ったが、京平は何も言わずに彼女の後を追う。


 彼女に逆らったら、数倍にして返ってきそうだったから。








「で、ここを通ってどうしたんだ?」

 京平は、無表情で、横に浮かぶ少女に問いかける。

 彼女は、階段を行ったり来たり、うんうんとうなる。


「お前さあ、ここから落ちて頭打ったんじゃねえ?」

「そ、それで死んじゃったの? それってあまりに情けないんじゃ?」

「いや、お前ならあり得る。十分考えられる。そして全て辻褄が合う」

 京平は強く断言する。

 自分で言っていて、これ以外考えられないとまで思う。


「告白する前に階段から落ちて死んじゃったって? そんなあ」

 珍しく彼女は反論しなかった。思い当たる節があるに違いない。


 そう言えば以前、この階段から見事に落っこちて血だらけになっていた子がいたなあ。


「そんな間抜けなのお? そんなはずないよ。うん、そうよ。

 絶対そんなことないって!」

「打ち所悪ければ死ぬぞ? 第一、ここを通った記憶はあっても、公園に行った記憶はないんだろう?」

「うっ」


「お前、ドジだろう?」

「な、なぜ」

「思い残すことがあるのに、それを忘れるってのは間抜けだ」

「ぐっ」

「自分の名前も覚えてない。死んだ時に頭打ったってのはぴったりじゃん」

「くうっ」


「で、まだ思い出せないのか?」

「お、思い出せません」

 しょんぼりと彼女は呟いた。








 ブルブルッとポケットに入っていた携帯が震えると同時に、着信メロディが流れる。

「おお、拓也か? ああ、わりいわりい、で、わかったか?」


 うんうん、と頷きながら電話で話をするのを、彼女はつまらなそうに見つめ、そして飽きたようにすぐにまた階段を行ったり来たり。

 ぼうっと、遠くに見える彼の学校を見つめている。


「ああ、やっぱり。サンキュウな。今日は悪かったな」

 そう言って、電話を切る。

 何とも言えない、複雑な表情で、彼女を見上げる。


 ぷかぷかと宙に浮かぶ幽霊。

 電話が終わっても、彼女は振り返る様子はない。


京平は小さく息を吐く。


「中島、美里さん?」

「はい?」


 振り返った彼女から、返事はすぐに返ってきた。








「やっぱりあんた、中島美里なんだ」

「そうみたい。でも、何でわかったの?」


 腑に落ちない、というように、彼女、中島美里は京平に詰め寄る。


「友達に聞いた。彼女がお前の学校に通ってるんだ。彼女の学校で、誰か死んだ奴とかいないかって」

「それで、死んだのが私、中島美里ってわけかあ」


 自分の名前がわかって嬉しい、というより、彼女はショックを受けたようだった。

 死んだ実感が湧いたのかも知れない。

 中島美里が死んだ、という。


「やっぱり私、死んじゃったんだね」

 ぼそりと呟くその姿が、妙に痛々しい。

 だから京平は、すぐに真実を告げる。


「中島美里は死んでないよ」

「はい?」

 きょとんとして、彼女は京平をまじまじと見つめる。


「中島美里は死んでない。階段から落ちて、頭を強く打って、意識不明。

 でも、命に別状はないらしいってさ。

 俺の友達の彼女、お前の同級生なんだと」


「死んで、ない?

 じゃあ、私は?」

「知るか。生き霊って奴じゃないの?」

「同級生って、知子ちゃん? って、あれ?

 あ、貴方、高宮京平!?」


美里の生き霊は、思いっきり、そう、3メートルくらいは一気に後ずさった。

 霊ってのは、こういう時便利かも知れない。








「うわあ、何で高宮京平がここに!?」

「そりゃあ、お前に連れてこられたからだろう」


そう返すと、美里は頭を抱えながら、ああでもううでもない妙な声を発した。


「どうして、どうしてよ? 何であの高宮京平の部屋があんなにばっちいわけ? エロ本が積んであるわけ? 朝ご飯のトーストなんて、面倒くさがって焼きもしなかったのよ?」

「余計なお世話だっての!」


 本当に、こいつは失礼な奴だ。


「それで、百年の恋は冷めたか?」

 呆れたように言うと、美里はぴたりと動きを止めた。

 不思議なことに、幽霊なのに彼女の顔は真っ赤だった。


「俺、思い出したぞ。お前、前にもここから落ちただろう?」


 膝小僧が血まみれの女の子に、京平は手を貸して起こしてやり、ハンカチを渡した。恥ずかしそうに俯いていたから、彼女の顔は良く覚えていない。

 でもきっと、間違いなくこいつだ。

京平は、確信を持って彼女を見つめる。


「うっ、あう、……そうです」

「で、また落ちたわけだ」

「そう、みたいね」

「そそっかしいな。どじだな」

「悪かったわね!」

彼女の顔は、ますます赤くなる。


「でも、生きてて良かったじゃん」

「……うん」


「で、どうなの? 俺に告白する気だったんだろう?」

 ぐっと、彼女は言葉を詰まらせる。

「だって高宮君は、優しくて、格好良くて、スポーツも万能で……」

「実際優しいでしょう? 幽霊に付き合う奴なんて、そういないよ?」


「うん、そうだね」

 困ったように彼女は笑う。


「じゃあ、早く自分の体に戻れよ。今日はエイプリル・フールだ。

 今日あったことは、全部嘘で冗談。綺麗さっぱり忘れちゃえばいい。

 俺も、お前が2度も階段から落ちた間抜けだって忘れてやるから」

「え?」


「だから、早く元気になって、俺に告白しに来いよ」

「へ?」


「俺、中島美里に興味があるから」

 そう言うと、彼女は初めてにっこりと笑い、すうっと消えた。


 やっぱり、本当に幽霊だったらしい。








 あの日は、エイプリル・フールだった。

 だからあれは、全部嘘で、そうじゃなくても、夢だったのかも知れない。


 幽霊なんていない。

 まあ、いたっていいいけどさ。


 そう思って、京平は笑う。








 公園の入口が見える。入口の前に、長い髪をなびかせた少女が立っている。

 彼女は、近所の有名女子校の制服を着たお嬢様だ。

 頭に巻いた包帯が痛々しい。

 彼女はいつ、声をかけてくれるだろうか。

 彼女の前を通り過ぎる。声をかけようと、彼女が顔を上げ、そしてすぐに俯く。

 思わず笑いが漏れそうになる。

 何か、可愛いじゃないか。


「あの、高宮京平君」

「はい」

 背後から聞こえた声に、京平は答える。

 真っ赤になって、微かに震えている彼女は可愛い。うん、素直に可愛いと思う。

 

「こ、これ、読んで下さい!」


 差し出されたのは真っ白い封筒。

 それを、彼はすぐには受け取らない。

 恐る恐るといった様子で、彼女は顔を上げる。


 京平は笑っている。


「あ、あの、貴方の部屋がたとえきったなくても、エロ本が山のように積まれていても、私、貴方のことが好きですっ!」

 そう叫んで、彼女の顔は一気に青くなる。   


「え、私、一体何言って……」

「うん、お前がどんなに口が悪くて自意識過剰で、我が儘でおっちょこちょいで、男の前でも平気であぐらをかいちゃうような奴でも」


京平の台詞に、彼女はさらに色をなくす。


「お前が生きてて良かった」

「え?」

「俺と付き合ってくれませんか、美里さん?」


 ぼけっとした顔で、彼女は京平を見つめている。

 意味がわからなかったらしい。


「俺と付き合って下さい」

 仕方ないから、もう一度ゆっくり繰り返す。

「あ、はい。よろしくお願いします」

 美里は、にっこりと笑って答えた。





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