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緊張が高まりピリピリとした空気のなか、レーネは馬にスタートの合図を出した。
「お待ちください!」
一人の商人と思われる風体の男がレーネの前に飛び出し、膝をつき、レーネを見上げた。レーネはいななき怯える馬に慌てて手綱を引いた。
「御無礼をお許しください。勇者レーネ様とお見受けいたします。」
場がざわつく。あちこちから「白髪」「黒」「エンジ」など、今代勇者のキーワードが呟かれる。レーネは表情を変えることなく、この目の前の男と 面識があったか考えた。
「ガラスプレートこそ勇者の証。このような場所でお会いすることができるなんて夢のようです!」
門番は「ひいっ!」と息を飲み、慌てて門の中に向かった。レーネは面白くもなさそうにそれを眺め、視線を男に戻した。
「…詳しいですね。あなたは?」
「お初にお目にかかります。私、西部ブリッジ商会のウダイと申します。」
レーネは馬上からじろじろとウダイを眺めた。高級ではないが質のよい服を嫌味なく着こなしている。機嫌のよくないレーネに話かける度胸、20代と思われるが、既に一人前のようだ。ブリッジ商会とは旅の間、薬や素材の売買をしていたように思う。最も交渉は年上二人に任せきりだったが。
「レーネ様、今日はどのようなご予定でアコンに足を運ばれたのでしょうか?」
ニコニコと笑みを浮かべ話すウダイに、レーネはどう返事しようか考える。もう用はないと帰っていいものか。
「失礼ですが、大変お疲れのご様子。森で発生した討伐の帰り道でしょうか?」
周囲がますますざわつく。今回のような討伐はマル秘扱いではないが、わざわざ人々を不安にさせることもないので事前も事後も話が流れることはあまりない。騒ぎが本気で苦手なレーネは内心舌打ちした。
一方でウダイはこの一生に一度の大チャンスを逃してなるものか!と穏やかな顔の裏で熱く燃えていた。目の前の勇者と知己になれば、あらゆる商売の可能性が広がる!もちろん純粋に勇者への感謝もある。商人の自分にできる範囲の恩返しならなんでもしたい!それすらまた商売に繋がる!これまで培った交渉術を発揮するのは今だ!!ウダイは素早く着地点を決めてスパートをかけた。
「ここにくる途中、ゼーブ方面へ撤収する小隊を遠目に拝見いたしました。あの部隊を応援されていたのでは?」
「まあ…その通りなんですが……でももう」
「やはり!ありがとうございます!陰に日向に我々のために!!!!」
話を遮られ、レーネはむっとしたが、あっという間に人々に取り囲まれた。
「勇者様!ありがとうございます!」
「勇者様…なんたる光栄………」
「勇者レーネ!バンザーイ」
「…!!!……!!!!」
熱狂する人々に馬上で冷や汗を書いていると、門の中から偉そうな役人が走ってきた。ウダイが彼に近づき何やら話し、よく通る声で叫んだ。
「皆さま、勇者様はこのたびの討伐で大変お疲れです。ゆっくり休んで頂きましょう。レーネ様、こちらはアコンの町長です。ご挨拶にいらっしゃったので、ひとまず中に入りましょう。」
ウダイは爽やかに言いきった。
レーネは確保された。久々の敗北を味わった…………
ドナドナされるレーネさん………