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西部地方の森林に魔獣が異常発生との報を聞き、レーネは要請を受け討伐部隊とともに出立した。討伐部隊はガチッとした金属製の装備であったが、まだ中型程度の魔獣しか現れていないという話だったため、レーネは動きやすい皮製の装備に、サイラスが詰め込めるだけ詰め込んだ防御魔法が貼りついている暗めのエンジ色のマントを付けていた。
いつのまにかトレードマークになった白か黒ではなくエンジ?と思ったが、サイラス曰く、黒は軍の最高指揮官の色、白は……汚れが目立つ、とのことだった。このマントを身につけだすと、遠慮して、誰もエンジを使わなくなってしまい、特段エンジ好きではないレーネは申し訳なく思った。
2日かけて現場に着くと、レーネは探索魔法を展開し、魔獣の位置と数を確認した。部隊長と参謀に情報を伝えると、レーネは疲労の見える隊員に初期の回復魔法をかけてまわった。
作戦はレーネ温存。隊員の実力向上のためイレギュラーがない限り後方で待機だ。レーネは自分を使えるだけ使おうとする部隊長とも働いたこともあるので、今回の部隊長に好感を持った。
「勇者殿のエンジが後ろに見えるだけで、我々は精一杯戦えます。」
そう言ってくれる部隊長達にレーネは目を合わせて頷いた。魔獣の出現は数は減ったが終わりはない。レーネがいつもいるとは限らない。レーネ達頼りではよくないと最近考えるようになった。
3日メドの討伐は部隊の統率された動きで2日で完了した。レーネの出動は呪い持ちの魔獣を勇者の持ち技の浄化をかけて斬った一度だけだった。ケガはあるものの隊員皆達成感に顔は明るく、レーネは肩の力を抜いた。
空いた1日、待ってました!とレーネは小さくガッツポーズした。朝、部隊の帰還準備が整ったのを確認すると、部隊長に単騎で戻る旨を伝えた。
「上への報告は如何いたしましょうか?」
「お任せいたします。実際今回私出番ありませんでしたから。また機会がありましたら宜しくお願いします。」
ここ数日共に働いた皆に笑顔で見送られ、レーネは馬を走らせた。こんなこともあろうかと、ここから一番近い温泉地はリサーチ済みだった。
昼過ぎ、西部の温泉地、アコンに到着した。馬を降り門番に身分証のプレートを見せると怪訝そうに目を細められる。身分証には名前、居住地、年齢、性別が書いてあり、その他は任意だ。冒険者や商人は活動しやすいように、ランクやグループを表示したりと利用範囲は色々だ。
今回不審がられてる理由をレーネはプレートの色だと結論づけた。プレートは出身地や職業によって様々な色がある。レーネのプレートは〈透明〉だ。この門番は初めて見ただろう。だが、噂くらい聞いていると思ったのだが………出だしからつまずき、レーネのワクワク感は一気に萎んだ。
(〈透明〉は〈英雄〉のカードです!ってここで言うの?ワタシ?)
〈透明〉は各国の元首に承認された、レーネ達〈英雄〉4人のためだけの強化ガラスでできたプレートだ。どこの国にも何人にも染まらない、肩入れしないという意味らしい。
(このプレートさえ見せれば何でもできるオールマイティーカードって聞いていたのに、周知されてないなら意味ないよ………勇者ですって言うの?自分で?ワタシが?)
レーネがモヤモヤ考えていると、
「レーネさんっていうの?ちょっとこのプレート何かな?」
門番にとって見たことのないプレートを持つ薄汚れた白髪の女は明らかに不審者だった。更に身の程に合わない軍馬に乗っている。馬泥棒の手先ってところだろうか?と見当をつける。
レーネの後方に列が伸び、人々が何事かと覗き込む。ざわつきはじめ、門内からも門番の身内数人がやってきた。
いよいよ勇者宣言の覚悟ができ、レーネが口を挟もうとしたとき、
「オモチャじゃ入れないよ街には。それよりその馬スゴイね。どこで手に入れたの。答えなさい。」
門番に不審者だけでなく、盗人扱いされているとわかり、レーネはカチン!ときて…いろいろと失望した。一人では全く相手にされない自分にも。先入観で、この街の一番近くにいた魔獣を討伐した帰りの自分を受け入れない人々にも。
(やっぱり温泉なんか来てる場合じゃなかったってことか……)
今の状況がほとほと面倒になり、レーネは門番の手からプレートを取り返し馬に飛び乗った。
「待て、馬は渡さん!降りろ!!」
門番が怒鳴り、馬上のレーネを引き下ろそうとした。手がレーネのマントを掴むとマントの防御魔法が作動した。
バチーーッ!
電撃にはじかれ、門番はよろよろと後退し、思わぬ事態にア然とした。
レーネは冷ややかな視線で辺りを見渡し、馬を走らせる方角を決めた。