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ひとしきり物思いに耽ったあと、ルークが顔を上げた。
「レーネ以外、ゼンクウさんのケガの程度知らない。あれから3ヶ月……ゼンクウさんのケガは3ヶ月で治りそうだった?」
「………ううん。エルフの体も治療もわかんないけど、あの魔力枯渇を癒すのにはかなりかかると思う。」
「じゃ、まだ治療中ってことだな。………さすがに死んだら……俺たちには知らせるだろ。」
「そだね、便りのないのが元気な証拠ってやつか。」
二人はニカッと笑いあった。
店を出ると、とっぷり日は暮れていた。ルークはお店にデザートの野菜クッキーを包んでもらっていた。
「ここに来たらこれ買って帰らないと母の機嫌が悪くなんだよ。」
「………おいしいもんね。で、温泉だけど」
「だー!まだ言うか?そもそもおまえと行って何が楽しい!温泉はボンキュッボンのステキ女子と行くもんだ!」
「あら?ワタシだってなかなか」
「ウソつけ!お前の裸は見たことある!あれはまな板をも上回る!紙だ!女子とは言えん!」
「何年前の滝行のこと言ってんのよー!」
交差点で別れた二人はそれぞれ帰途につく。レーネはすれ違いざまチラチラと視線を感じ苦笑する。
(有名税ね。。。)
勇者レーネは褒賞として、一等地に素晴らしいお屋敷をもらった。そのうち建つ…らしい…そのうち…復興最優先という説明に納得している……そのうち……
現在のレーネの帰る場所は騎士団寮だ。男子の、それも騎士団の、とツッコミどころ満載だが、直ぐに使えるところがここしかないこと、勇者を襲う男なんていないだろう、と仮住まいとして提供された。遠征で月の半分もゼーブにいないので今のところ不自由はない。
(でも、騎士団の皆さんは居心地悪いかもね……)
守衛にペコリと頭を下げ、二階の角部屋に向かう。食堂からガヤガヤと盛り上がった声がするが途中誰ともすれ違わず部屋に入り、はあ、と息を吐き、ランプに火を灯す。
部屋がぽおっと明るくなり、備え付けの机と椅子、ベッドが浮かび上がる。それ以外は衣類等の入った小さな葛籠のみ。女の子らしい宝物は、あの運命の日全て燃えた。旅のあいだは荷物は少なければ少ないほどよかった。習慣は簡単に変わらないし、一応引っ越し予定ではあるので殺風景のままで良しとした。
レーネはまず古傷の痛みどめを飲んだ。自作の薬だが、売薬同様食後が一番安全だとサイラスもゼンクウも言っていたので守っていた。
(寒くなるにつれ痛みが増すって……村のおじいちゃん達と一緒だよ………)
寝間着に着替えようかとも思ったが、副作用で一気にダルくなり、結局ベッドにゴロンと転がった。
(ボンキュッボンがいいってさ………ステキ女子って何なの……)
ふふっと鼻で笑う。
(従者だってさ…友達枠じゃないってさ………)
ルークの充実ぶりに嫉妬は感じなかったが、そもそもの立ち位置の違いを痛感した。
(学校、ちょっと行って見たかったかも?)
でも、ルークに迷惑をかけるほどではない、と首を振る。
(お土産ってこんな普通の日にも渡していいもんだったっけ……忘れたな、もう)
お土産を喜ぶルークの母を想像した。魔王討伐から帰還したとき、意識のないルークを見て泣きじゃくり、連れ帰った私をギッと睨みつけた美人。今夜は笑っているといい。
ふと見上げると薄雲から月が出ていた。窓辺に降り窓を開け、小さく指笛を吹いた。風もなく、カルも………来なかった。
「夜だからね。」
レーネは窓を閉め、今度こそ寝る支度を始めた。




