47
「終わった…………」
レーネもルークも起き上がることもできず、転がったまま。
黒煙が流れ、純粋な夜の闇が現れる。天上に細い弓月が上っていた。
二人ともハアハアと酸素を取り込む。
全てのドーピング効果が消え、レーネの体はあちこち悲鳴をあげ、ルークの止まっていた血がダラダラと流れ出す。
「ルーク………」
「なんだ?」
「………何でもない。」
レーネはルークに色々と言ってやりたいことがあったが、今更だ。今日一緒にいてくれた。自分を命がけで助けてくれた。それが全てだ。
「……今日、レーネが下に見えたとき、火龍がバレたことにガッカリして…………驚いた。」
「…………何を?」
「何でレーネ、ウエディングドレス着てるんだって!誰と結婚すんだって、ムカついた。」
「………はあ?」
レーネは首を下に傾けて自分の防御服を眺める。確かに真っ白なドレスに見えなくもない。そうだったかもしれない。だが既に真っ黒でベトベトでボロボロだ。
「なるほど………なら相手はネル老師だね……お城からここまで、仲良く手をたずさえて助けあってきたもの。」
レーネは再び頭を動かし、ネル老師が横たわる姿を見つめる。ツーっと涙が溢れる。
「ネル老師………〈英雄〉ライオネル様だったの。」
「そういうことか…………スゲエ氷だと思った。」
ルークが上半身を何とか起こし、レーネの涙をぬぐいとる。
「さて………どーすっかなあ。」
「帰還の………魔導具はネル老師に使ってあげたい。こんなとこにいつまでも置いておけないわ。ネル老師………はぁはぁ……どこに行きたいか、来る途中教えてくれたもの………」
「いいよ。」
ルークは即答した。どこで何を使おうと〈勇者〉の裁量だ。レーネの……〈勇者〉の務めを理解していた。
レーネは気力でゆっくりゆっくり這ってネル老師の元に辿りついた。ネル老師の亡骸は微笑んでいた。
〈勇者〉として、自分に命を捧げ随行してくれた友、〈英雄〉ライオネルに祈りを捧げ、杖を腰紐に差し込み魔導具を握らせ発動させた。
ネル老師は長い長い旅の末、ようやく帰った。本当の仲間の待つ場所に。
そこまでして、レーネは力尽きた。〈勇者〉の使命は全うした。
パタリと地面にうつ伏せで倒れ、視界が狭まり眠くなる。
(今回は、頑張ったわ………サイラス様はきっとユニス師が助けてくれる。ルークも生きてる。ゼンクウさんもちゃんといる……私の中に………)
「レーネ、寝るな!」
ルークもなけなしの力を振り絞り、レーネのそばまでやってきて、レーネを岩場まで引きずりそこに寄りかかってレーネを胸に抱いた。
「レーネ、もうちょっと頑張れ、俺が回復したら連れて帰るから。」
レーネはルークの鼓動を聞いて、回復なんて無理だとわかった。ルークの枯渇も深刻だった。人のこと言えないが。ルークの状態を見誤って、帰還の魔導具浅はかにも使いきってしまったことが悔やまれる。サイラスが倒れている今、この世界に二人を回収する力のあるものなどいない。
「………どこに連れて帰ってくれるの。」
「俺たちの家。」
(ルークが………私の家を俺達の家だって!)
「よかった…………」
「レーネ」
「………ん?」
レーネはもう目を開けられない。
レーネのまぶたにポタポタと水滴が落ちる。
「今すぐ俺と結婚して。そのドレスで、俺に嫁いで。」
「…………いいよ。」
「ホント?」
「だって………離さないでいてくれたもの………」
「………………当然だろ。」
「…………………」
「愛してる、レーネ。」
ルークはレーネの口に誓いのキスをする。
レーネは既に意識がない。ルークはレーネと離れ離れにならぬよう上から下までしっかりと抱き込んだ。
(ゼンクウさん、サイラス様、俺にもレーネを守らせて!!!)
夜空を見上げ、仲間に祈る。
「奥さん、帰るよ。」
一か八かで移動の陣を切った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
残り、エピローグ二話になります。
最後までレーネにお付き合いください。




