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どうする?
「ふふふっ。」
レーネは苦笑した。どうするもこうするもない。戦う一択だ。
戦って死ぬか、森の奥へ奥へと逃げまどって炎に焼かれて死ぬか?戦うほかない。
ただ、自分はどれだけ戦えるのかと、不安に思う。
スタミナはゼロ。筋力も瞬発力も昔の半分にも満たないだろう。
しかし大量の魔獣と戦い続ける長旅の末の討伐だった前回と違い、レーネのすべきはダイレクトに火龍のもとにおもむき殺すこと。防ぐ事でもしのぐことでもない。勝負は1日、いや一瞬で決まる。スタミナより問題は決定打か?
レーネは立ち上がり、集中し身体にマックスの魔力を循環させる。
レーネの髪が舞い上がり、建物全体がギシギシと軋み、部屋中の本や書類が浮き上がり、レーネの周りにウズを巻く。
「レーネ!」
ウダイが慌てて声をかけるがレーネには聞こえない。
ユアンは座ったまま足を組み、面白そうにヒゲを撫でる。
( 全然足りない。)
レーネは魔力の放出を止め、ガックリとソファーに腰を下ろす。
ユアンの部屋は嵐の後のようなありさまだ。
( それに………)
レーネは親子の魔獣を思い出す。あの遭遇以来、レーネは魔獣を切っていない。
( 何のためらいもなく、斬りかかること、できる?)
前回の討伐ではレーネは魔獣を無心で切り捨ててきた。母を、仲間を殺された復讐心がレーネの行動を肯定した。
そして、討伐後、レーネは〈害〉ではない魔獣もいたかもしれないことに気づき己の所業を悔やんだ。
今回の敵は火龍、名もなき不特定多数の魔獣ではない。〈害〉か否かと言われれば〈害〉。既に多くの兵士の命を奪っていることだろう。
私にとっては?……………〈害〉だ。既に私の一番大事な仲間を苦しめている。
レーネは旅だった日のサイラスを思い出す。レーネを軽くハグし、額にキスし、お土産買ってくるね、と言って一瞬で飛んだ。今思えば、レーネを不安にさせないために、清々しいほどにいつもどおりに振る舞ったとわかる。
『レーネを戦いに出すことはない、私で十分だから』
有言実行の恩師に腹が立ち、ギリリと歯を噛みしめる。
そして、レーネを悩ませたキス、ボンヤリしているとすぐにレーネの頭を乗っ取ってくよくよ考えさせられたキス。答えは『別れのキス』だったのだ。今生の。
(ばかルーク…………)
胸が………痛い。
二人が傷だらけで戦う姿を想像するのは簡単だった。いつも見ていたから。背中を預けあっていたのだから。前回は四人で、今回は火龍相手というのにたった二人。
自分のいないところで二人がぼろぼろになるなんて許せない。二人が戦っているのにのうのうと安全な場所にいるなんてありえない。
(よくも、よくも置いて行ったわね!)
自分が悪いことくらいわかっている。レーネをこれ以上心も身体も傷つけたくなくておもんばかったのだとわかっている。しかし、
(二人のいない世界で一人生き残って、どうしろっていうのよ……………)
いつも一緒で、これからも一緒だ。それは死ぬ時も。
(……………私は、殺れる。)
「出るわ。」
レーネは一言だけ放った。
ウダイは再びレーネの手を握りしめ、唇を噛んだ。
決断したレーネの身体からは無意識に威圧が放たれる。本人も気づかぬままドンドンと顔つきも険しくなり心はもはやここにはない。レーネが立ち上がろうとすると、
「まあ待てレーネ。」
事の重大さを全く感じさせない口調でユアンがレーネの肩をポンと押さえる。
レーネは気がはやり、鬱陶しそうにユアンを見上げた。
「レーネ、よく言った。お父ちゃんが今から戦支度をしてやる。お前が誰の娘か世界中に分からせてやる。手ぶらじゃ勝てねえ。わかるな?必要なのは正しい情報と、周到な準備だ。」
「ユアンさん………」
レーネは自分を恥じた。焦りすぎていたし、準備などこれまでゼンクウとサイラスに任せきりだった。
「よろしく………お願いします。」
ユアンがニヤリと笑った。
「レーネはほんっといい子だな。よし、衣装部と薬部、商会の魔術師、あと魔道具師、全員集めろ!急げ!!!」
落ち着いた会長フロアは一気に活気を帯びた。レーネはお針子の女性達にありとあらゆる場所を採寸され、同時進行で必要な薬、魔道具の種類や個数の聞き取りを受けた。
準備が整うまで2日、その間、レーネは商会が集めた火龍の資料を読み、久々に剣を握り身体に馴染ませ、森の家を片付け、必要なものを持ち出した。ウダイはその間、片時も離れなかった。
夕暮れ時、レーネの村に行くと、山神様の周りは草が生い茂り、暑さのために花々はグッタリ萎れていた。レーネはウダイとともに膝をつき、ひとしきり祈ると、ウダイがレーネに舞ってほしいとお願いしてきた。
「え………すっごく恥ずかしいんだけど?」
「お願いだよ、レーネ。」
レーネはウダイの頼みごとなんて初めてだと気づいた。自分は本当に恩知らずだ。
レーネは顔を真っ赤にしながらウダイと山神様に一礼し、クルクルと舞いはじめた。
(しばらく………顔を出せないけれど、山神様、里のみんな、お母さん、心安らかに………)
(私の大事なだいじな………お兄ちゃんが幸せになれますように………)
胸に手を当て祈りながら、山神様の周りを踊ると、夕陽が筋になってレーネに降りてきた。
「レーネ!!!」
ウダイがレーネに走り寄り、ガバっと抱きしめた。いつかと重なる光景は美しすぎて、やはり見ていられなかった。
「ゴメンね、レーネ。私が力がないばかりに。」
「ウダイ、さん。」
「もし、討伐命令が出たら………私はレーネは出なくていい、私が守ると言った。」
「……………」
「でも、あの時レーネが言ったとおりだ。結局、レーネは討伐に出る。私は守れない。とんだウソつきだ。」
(神よ………なぜレーネにばかり苛酷な試練を与えるのだ…………)
ウダイのレーネをいつも見守る優しい焦げ茶の瞳から、ハラハラと涙が落ちる。
レーネはそれを見て、心がほんのり暖かくなる。レーネはハンカチを出し、そっとウダイの涙をぬぐう。
「ウダイさん、私、こんなときなのに嬉しい。ウダイさんが、私のこと、こんなにいっぱい考えてくれてるって………じんじん伝わる。」
「レーネ………」
「私、ウダイさんに、お兄ちゃんになってくださいって言えた自分を、褒めてあげたい。お兄ちゃん、大好き。」
レーネはウダイに回していた腕にぎゅーっと力を込めた。
「わ、私の方こそ、レーネが妹になってくれて、無条件に愛を注げる妹が出来て、どれほど満ち足りたか!レーネ、大好きだよ。私を兄に選んでくれてありがとう。」
レーネも思わず涙ぐむ。ウダイの肩に手をかけて伸び上がり、ウダイの頰にキスをする。
「お兄ちゃん、ありがとう。」
一番星が輝き出し、ふと山神像を見ると肩にカルが止まっている。
「カル……一緒に来る?」
カルはバサッと翼を広げ、レーネの肩に舞い降りた。
「レーネ、明日も忙しい。行こうか?」
ウダイに軽く頷くと、レーネはウダイとカルを両手で掴み、商会に飛んだ。




