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約ひと月前、サイラスを追うようにルークも消えた。
だからといって急に何もかも変える気も起こらず、レーネは淡々と生活する。
レーネはカエラとの面会の旅の後、ウダイから希少な素材が見つかったら採集という大雑把な仕事の依頼を受けた。森を知り尽くすレーネにとってさして難しいことでもなく、コンスタントに納入していると、ウダイもその先の必要とする客も喜んでくれた。今のレーネの肩書きは収集家だ。今日もレーネの家近くの滝に夏草やコケを摘みにきている。
働いて、食べて、寝る。極めて基本的な人間の生活だ。今のところ死ぬ予定はない。
サイラスとルークがレーネのもとを去ったとき、レーネはやっぱりね、と思った。自分より、大事なもののためにいつか見限られるとわかっていた。
そして、正直なところホッとした。いつ捨てられるのか、いつまた一人ぼっちに戻るのかとビクビクして過ごすカウントダウンの日々は苦しかった。ようやく予想どおりの展開になり……緊張から解放され、思い描いた一人きりの生活が再スタートした。
二人が出ていくことは既定路線とはいえ、揃ってこのタイミングというのは少し気になった。二人の大事な人に何か特別なことでもあったのだろうか?何故自分に一言も言わなかったのだろう。事情を伝えてくれても反対などしないのに。こんなに長いこと一緒にいるのに水臭い。
( 自分が思ってること全然口に出せないくせに、先生たちにばっかり求めるってどうなのよ?)
レーネは苦笑した。自分が歩みよってくれた二人を突き放し続けたのだ。臆病だから。ひとりぼっちであることを痛感したくないから、早いとこひとりぼっちに戻りたかった。
でも、前回の一人暮らしとは全く違う。部屋の隅々に二人の気配が残っている。腕にはサイラスのくれたブレスレットがあり、ルークの手彫りの山神様は一番日当たりのいい棚に鎮座している。そもそも二人は洋服などの私物をほぼ置いていってしまった。まるで帰ってくる気があるかのように。
(ひょっこり会いにくるなんてことあるのかな………)
来ても来なくても別に構わない、と思った。レーネは今、自分の居心地のよい家に住み、体調もすこぶるよく、薄給だが楽しい仕事をし、はっきりと輪郭のある両親に見守られていることを知っている。自活し、誰かに追い出されることもない。今後二人に会えても会えなくても、ここに根を張り気ままに生きているだけだ。
そう考えたところで………レーネは気づいた。
「私…………何、偉そうなこと言ってんの………?」
居心地のよい環境も、怪我を癒したのも、仕事も、両親との根っこも全部…………すべてレーネがぼーっとしている間にサイラスとウダイとルークが用意してくれたものだ。自分が整えたものなど一つもない。
(やっぱり………私はバカだ…………)
(三人とも、私に与えるだけ与えて………なのにいつも謝ってて…………)
三人の善意の上に胡座をかいて、レーネはきちんとお礼を言ったことあっただろうかと考える。
「いくら心に余裕ないからって、私、ひどすぎ。」
レーネは軽く息を吐き、繁った枝葉の間から覗く青空を見上げる。
(ああ……)
レーネはようやく前回との違いがわかった……………結局のところ、今度の一人暮らしは全く孤独ではないのだ。そこかしこに二人の思い出と温かな心遣いがちりばめられているから。残りの人生、それだけで十分に満たされるほどに。ウダイの手紙と一緒だ。たっぷり、無理矢理、甘やかされた。何の見返りも求められずに。
「これこそ愛なんだ……」
レーネは涙をこらえうつむいて、足元の小石をコツンと蹴った。
もし………二人の特別な用事が片付いて…………何十年後にでも気まぐれにここを訪ねてくれるなら、まずありがとうと言って、お陰で………ずっと生きやすくなった、とキチンと伝えよう。
そしてその時は、かつて頑張ってウダイにお願いしたように、時々会いたい、たまにでいいから手紙をくださいと頼んでみよう。自分の口で。素直に。
「お兄ちゃんのときは成功したもの。先生とルークだって…………」
ただの昔なじみってだけの間柄となっても、口先だけとはいえ好き好き二人とも言ってくれてたのだ。勝算はきっとあると信じよう。
いつか会えると信じよう。会えなくとも信じよう。遠く離れてもお互いの幸せを………心から願っていると。
今日のところはまだ、自分のテリトリーを飛び出して伝える勇気はないけれど。
『レーネ』
レーネは別れの夜のルークをまた思い出す。切羽詰まった真剣なルビー。触れた瞬間、焼け付くような魔力に包まれた。思わずくちびるを指で確かめる。頰が熱を帯びる。胸が高鳴る。
「面倒な置き土産してくれちゃって…………。」
レーネはブンブンと頭を振る。
(このコたちは痛みやすいから早く商会に持って行かなきゃね。)
レーネはカゴの中に見栄え良く戦利品を詰めると、瞬時にブリッジ商会に飛んだ。




