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ゼーブは首都だけあって、星つきの高級レストランは山ほどある。サイラスの名をだし、彼のおごりだと言えば、全ての店のドアは軽く開くだろう。しかしレーネがルークを呼び出したのは下町のオヤジと女将が二人で営むこじんまりした食堂だった。
「おいーーーって、なんでサイラス様のおごりなのに〈ダイコン亭〉なんだよ!」
ゼーブ周辺の地図を眺めていたレーネが顔を上げると、紺のローブの学生服姿のルークが口を尖らせて椅子を引いていた。
「んー、ルークも言ってたでしょ?パーティーばっかでクリーム系のお上品な料理はアキアキだって。そこいくと〈ダイコン亭〉はサッパリ煮物中心、美味しくヘルシー!てか、髪、ますます赤くなった?」
「元々だ‼︎」
レーネは二人の定型の挨拶を交わしつつ、ルークにメニューを差しだした。〈ダイコン亭〉の料理はもちろん美味しいが、それ以上に有名人をソッとしておいてくれる女将の心遣いをいつもありがたく思っている。今日は〈勇者〉だけでなく〈紅蓮の王子〉と呼ばれる天才魔術師ルークも来店しているというのに、店内は見かけ平常営業だ。
ルークの〈紅蓮〉は真っ赤な髪とルビーのような目、そして非常識な火力魔法から。〈王子〉はその規格外の魔力に反し、彼が頭角を現した10才当時、それは幼い、絵本の王子様のような容姿だったからとのこと。レーネと出会ったころもまだ子供と少年の中間のようなかわいさで、背もレーネのほうが高かった。しかし、17才の現在、頭一つ分ルークが大きい。討伐が終わって、ようやく栄養価の高いものを食べてるからだろう、と勝手にレーネは考えている。顔立ちも丸いタレ目に可愛げは残るが既に大人。一度死にかけた人間に甘さはない。
注文が終わり、アイスティーで乾杯すると、レーネは本題を切り出した。
「何それ、温泉なんて無理に決まってるじゃん。学業優先で残党処理出てないからって暇人だと思ってんの?」
「違うの?」
「はあ……俺の魔術学校ね、ようやく復興の目処がついて再開したわけ。で、10ヶ月休校だった分を、こうギュギュギュっと圧縮してくれちゃって、超過密スケジュールになってんの。もちろんテストも毎日よ。帰ってもオールで復習してんだよ。俺様が!」
「うーん。そもそも論聞いていい?ルーク学校に行く必要あるの?」
「もちろん!確かに攻撃魔法で俺に教えられるやつなんていないよ。でも俺の好みじゃない知らない魔法は山ほどあるし、友達もいるし、そもそも卒業してることが〈嗜み〉と思われてるからな」
「友達…いるの?」
ルークはレーネにデコピンした。
「ひっでえ、いるし!めちゃめちゃいい奴いっぱい。俺に肩書山ほどついた後でもガキのころとおんなじ態度を続けてくれる、すっげえやつら!」
魔王討伐したあと急にすりよってくるクラスメイトもなかにはいる。でも変わらない幼なじみ達を思い出し、ルークはニンマリした。
「マジで?ちょっと羨ましい……私も学校行けないかな?ルークのお父様、紹介状書いてくれない?」
どこか居心地悪そうにレーネはお願いした。ルークの親はこの国の特権階級である。
ルークは盛大にアイスティーを吹き出した。
「ブッ、止めてくれよ。俺の静かな生活かき乱すな。レーネが来たら学校がまともに回らなくなる。」
「ルークがOKなら私もOKでしょ?」
「あのねえ、お前は〈勇者〉、俺は〈従者〉。全く別ポジションだから。」
「………〈勇者〉をいつもデコピンするくせになにが〈従者〉よ!」
「そもそもレーネは教養教科をこれまで学んでないから、魔術学校絶対受からない!諦めろ!」
その後、料理をつまみながら、二人は修行時代のサイラスのシゴキがいかに人外だったかを話すことで、いつもの空気に戻った。