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「……………レーネ様、ここからは私もまた聞きで、本当かどうかわからないんだけど………」
カエラが歯切れ悪く話し出す。
「はい。」
「ダンが戻らなくなって数ヶ月たって、ライネの家に男がダンの遺髪を持って訪ねてきてね。あの穏やかなライネがその男を泣きながら罵倒してたんだって。男は玄関先で土下座して………。」
「え?」
「『なんであんたなんか庇ってダンは死ななくちゃならなかったんだ!レーネはどうなるっ!』って。」
「父はその方を助けて死んだってこと?」
だとしても、レーネは腑に落ちない。あの母が父が自分の意思で助けた人をなじるだろうか?例え乳飲み子と二人残されて不安だったとしても。母は公平に物事を判断できる人だった。
しかし、最愛の夫を失った悲しみに常識など通用しないのか。
「推測なんだけどね、一目見てダンよりうんと強いはずの男だったから、ライネはあんなに怒ったんだろうって。その男は………エルフだったんだ。」
ガタっ!
サイラスが立ち上がる。
「エルフ…………」
(ああ………………そういうことなんだ…………)
レーネはウダイを見る。穏やかにレーネだけを見つめている。
(ウダイさんは………私とのもう一つの約束も、いまだ果たそうとしてくれてたんだ………)
レーネとの約束、兄妹になること、そしてゼンクウの消息を掴むこと。
レーネの、一人の人間の短い人生に、都合よく孤高と呼ばれるエルフが二人も現れるはずがない。
同一人物だ………ゼンクウだ。
………………あのゼンクウの優しさが単純に自分への愛ではなくて、父ダンの身代わりで、ダンへの罪滅ぼしにレーネを大事に守ってくれていたと思うと………かなり堪える。完全に辻褄が合うだけに。
「レーネ様、辛そうな顔して………ごめんねえ。」
「い、いえ、カエラさん、教えてくださってありがとう。本当に感謝してます。私、もう、私以外母のことも、父のことも村のことも話せる相手なんていないと思ってました。父の最期も子供の私が知らないでどうするって話です。母の生前、いつでも聞けると思って、真剣に聞いてなかったから。」
「そうかい?」
「カエラさん、他に村のことで、何か覚えてることありますか?」
レーネは笑顔で取り繕った。
レーネ一行はカエラに夕食をご馳走になった。久しぶりの家庭料理は懐かしい味がした。
カエラはレーネを痩せすぎだとガミガミ叱り、全くタイプは違うが母の温もりを思い出す。
その様子をウダイとサイラスは感慨深げに見守っていた。
レーネはカエラにたまには顔を出すように約束させられ、おいとまし、村で一軒だけの小さな宿に落ち着いた。
小さな部屋の暖炉の周りを3人は囲んで座る。
「ウダイさん。ありがとう。」
「………そう言ってくれてホッとします。聞いたら逆に辛いかもしれない、しかし、私だけが知り、勝手に判断する内容ではない。レーネの問題だと考えて………色々と気を揉んだよ。」
「カエラさんにも言ったけど、村が存在したこと、両親がいたこと、私以外にも知ってる人がいるって………自分にも根っこが繋がってるって確認できた。カエラさん面白いし。それに………」
レーネはサイラスを見た。
「ゼンクウさんだよね。」
「おそらくね。」
「ゼンクウさんが…………どうして私にあんなに親切だったのか謎が解けた。ひょっとしたら死に際の父と約束でもしたのかも。」
レーネは炎をぼんやり見つめた。
「レーネ。」
「先生?」
「ゼンクウと何を話したか、何を共にしたか、一つ一つ思い出しなさい。その時ゼンクウがどんな顔をしていたかも。」
そう言われて、レーネはおとなしく記憶をたどる。
最初に会った時、スゴイ力で頭を撫でられて、髪の毛がぐちゃぐちゃになったこと。
格闘の修行で容赦なく投げられ、ようやく受け身を取れた時抱き上げて喜んでくれたこと。
初めて魔人を殺した時、泣きじゃくるレーネを一晩中抱きしめてくれたこと。
最後の瞬間『姫』と呼び………微笑んでいた。いつものように。レーネを真っ直ぐ見つめて。
レーネの目に涙が浮かぶ。
「ゼンクウとレーネのお父上の間のことはわからない。ただ、ゼンクウがレーネを愛していることははっきりわかるよ。私は隣で見ていたのだから。」
「そうかな………ははっ!」
レーネはなんとか涙を押し留めた。
二人のやりとりをハラハラして見守っていたウダイはホッとした。
「レーネ、今回の、題して『旅と出会いのプレゼント』どうだった?」
「最高!ありがとう!さすがお兄ちゃん!思い切って来てよかった!」
「よかった。ではこれはプレゼント第二弾。」
そう言ってウダイは手元の袋から紺の布張りの小さな箱を出し、レーネに手渡した。
「え、なんで?」
いつもと違い、箱からして高級感のあるプレゼントに戸惑う。
「レーネ、成人おめでとう。」
「……………」
箱を開けるとそこには、一連の真珠のネックレス。
「大人になった証に家族からプレゼントする風習が私の地方にはあるんだよ。娘の幸せを願って。」
「………知ってる。」
レーネの母、ライネも身につけていた。肌身離さず。10代で結婚したライネが夫ダンからもらったもの。
ウダイはそっと箱から取り出し、レーネの華奢な首回りにつけた。色白のレーネの首元がキラキラと光り、顔立ちが華やぐ。
「自分では………見えないわ。」
「とっても似合ってるよ。ねえサイラス様!」
「…………レーネ、似合ってるよ。ちっ、ウダイ、それここで出すか?普通。」
「リードできるときにどんどん点数稼がなければ。ねえレーネ?」
「レーネ、私も成人のプレゼント、用意してるからね。家に帰ったらすぐ渡す!」
レーネは洗面台に行き、鏡を覗き込む。
鏡の中の…………母が微笑んだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回より、最終章です。残り10話+αといったところです。
新章スタートから、エピローグまで感想欄一旦閉じます。完結してから再開します。
最後までレーネにお付き合い頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします。




