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本日は二話投稿です。
カエラの村までの道のりは順調だった。レーネはウダイとサイラスが衝突しないかヒヤヒヤしていたが、二人の動きは想像以上に連携がとれていて、野営の夜など地図を広げ、遅くまで話しこんでいた。
(なーんだ。)
いつも自分を子供扱いする二人が…………特にサイラスが………自分のペースを乱されてイライラしたり、声を荒げる姿を見られないかと………ちょっと期待していたのに。そう思う自分を意地悪だと笑った。
カエラの村もレーネの村と同じくらいの田舎っぷりであったが、レーネの村が山あいで背の高い常緑樹に囲まれているのと対照的に、こちらはながらかな草原のなかにポツン、ポツンと平屋の家屋があり、まわりに羊が放牧してある。
街の入り口でアコンの出来事を思い出し、レーネの心臓はキュっと締め付けられたが、ウダイがプレートを出すまでもなく、門番達はフレンドリーにウダイに声をかけてきた。顔パスのウダイがサイラスとレーネを連れだと紹介すると、
「ようこそ、いらっしゃい!」
とニッコリ歓迎された。レーネは落ち着こうと大きく深呼吸すると、サイラスが軽く肩を叩き、
「大丈夫だろ、アイツに任せとけば。」
と、口の端を持ち上げた。
「うん。」
馬車の荷物を説明しつつ、入村の手続きをするウダイをなんて頼もしいんだろう!と思い、
「やっぱり………時代は商人だよね………。」
「…………否定できないな。」
サイラスが苦笑した。
サザンカの白い花が咲く、古くはあるが手入れの行き届いた民家にたどり着き、ウダイがノックした。中からガサゴソと音がして、扉が開く。中年の小柄な顔の丸い女性が顔を出した。
「お久しぶりです。カエラさん。」
ウダイがにこやかに挨拶すると、カエラはウダイの後ろに立つ二人に視線を移し、レーネに視点を定め、マジマジと覗き込む。レーネは慌ててフードを外した。
「ライネ…………」
ライネはレーネの母の名だ。
室内に通されレーネはテーブルを挟みカエラの正面に座った。なぜかウダイがお茶を用意する。サイラスはレーネの後ろの壁側にあるソファーに腰かけた。
カエラは子供はなく、夫に先立たれ、ここに一人暮らしということだった。
「母をご存知なんですね?」
「ウダイさんからどこまで聞いているのかしら?私の両親はレーネ様の村の出身でね。仕事を探して結局こんな遠くまで来てしまったんだけど。たまに里帰りしてたのよ。子供の私を祖父母に見せるために。」
「ライネとあと数人、年の頃が近い女の子がいてね、子供だからすぐ打ち解けて、走り回って遊んでた。里帰りのたびに。でもやがて、祖父母も亡くなって、そうなると里帰りすることもなくなり、だんだんと疎遠になったの。」
「そうですか………。」
「最後にライネ達に会ったのは15歳頃ね。その頃のライネとレーネ様、面差しが似ててさっきは驚いちゃった!」
「似てますか?」
髪がこんなに白いのに?
「似てるわ。鼻が高ーいところがね!でも瞳はダンに似たのね。」
「…………父もご存知なんですか?」
レーネの記憶にない、母から伝え聞いただけの父。
(だから………お兄ちゃんは私を呼んだんだ。)
レーネはウダイをチラリと見た。ウダイは全員にお茶を出し、レーネの隣に座った。
「ダンは私達より少し年上でね。その頃既に大人だった。腕がたって護衛や、魔獣狩りをして、村に現金や商品を持ち帰ってくれていた。いかつくて少し怖かったね。」
「母はとっても優しくてハンサムだったと………」
「ダンが?ハハハッ!それは惚れた欲目ってものよ!ダンは熊だよ熊!」
「そーですか…………」
レーネはガクっとしたが…………レーネの中で父親が生身の人間になった。
「村に行かなくなって数年後、親戚からの手紙でライネとダンが結婚したことを知り………しばらくして女の子を授かったと風の便りで聞いた。私もその頃結婚したから、みんな落ち着いてよかったなって思った。多分もう会うことないと思うけど、それぞれ幸せになればいいって。会いに行くには遠すぎて。」
こんな遠い土地に自分が生まれたことを祝福してくれた人がいたと知り、レーネの胸は熱くなる。
「でも………だんだんと時代がおかしくなっていって………どんどん魔獣が強く大きくなっていって………。大規模な討伐隊に村の代表として参加したダンは、帰ってこなかったって。」
『レーネ、お父さんはね、みんなを守るために戦って命を落としたの。天国で会ったとき、恥ずかしくないように二人で頑張ろうね。』
それがレーネの母の口癖だった。父と母は天国であえたのだろうか?
私は天国にいけるのだろうか?




