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魔王討伐その後で  作者: 小田 ヒロ
第三章
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ウダイの文章は踏みこまない。いつも、旅先の光景、キャラバンの失敗談、新商品の売れ行き、レーネが肩の力を抜いて楽しめる話題ばかり。そしていつも手紙は『いつか可愛いレーネに会えるよう願っている』で結んである。


レーネは今回の手紙が特別であることを感じ取った。


雪が溶けて馬が走らせられるようになったら、レーネの村を見つける手がかりとなった女性と会ってほしいとのこと。明確な依頼。

彼女の名はカエラ。聞いたことなどないが、ウダイは無駄なことを何一つしない男。

彼女に会うことは…………私に益があるのだろう。ウダイにではなく。


(ウダイさんは…………お兄ちゃんだから、私のために動くんだ………)


これまでもらった何十通もの手紙を思う。

忙しい身でありながら、律儀にレーネの反故した約束を守り続けるウダイ。

その姿勢はレーネが他人との間に建てた壁をとっくに壊していた。

ウダイが通れる分だけ。


(ウダイさんが必要だと思うことなら………)


レーネは初めてポストに返事を投函した。




カエラは隣国の小さな村に住んでいる。裕福でもないカエラを呼び立てることなどできない。

レーネはその隣国の首都までは、かつて旅の道中立ち寄ったことがあるので移動魔法で飛べる。そこでウダイと落ち合い村に向かうことにした。



「レーネ!」

「ウダイさん!」


待ち合わせ場所であるブリッジ商会の支店にレーネが現れ、フードを取るやいなや、ウダイはぎゅうぎゅうとレーネを抱きしめる。

一年前より僅かだが太った。頰に赤みがさしている。〈英雄〉に預けたことは間違いではなかった。


「……………ますます美人になって!さすが私の妹!」


『太った』とか、『健康になった』とか言わないように、ウダイは慎重に言葉を選ぶ。ひょっとしたらレーネを苦しめるかもしれないから。


「…………お兄ちゃんってば!」


真っ赤な顔で睨みつけるレーネを見て、ウダイは泣きそうになる。

(ようやく…………ようやくここまで来た!)


レーネは元々情の厚い女。あらゆる葛藤を乗り越えウダイの元に自ら来てくれた以上、もう、突き放される恐れはない。ウダイの三年に渡る献身的な努力と祈りが伝わったのだ。


「リボン似合ってる。今日は緑なの?」

「エンジは悪目立ちするもの。白も黒も一緒。この緑、優しいわ。さすがセンスいいね!」


レーネの小さな装飾品は全てウダイからの贈り物。もらいっぱなしでも負担に感じない気遣いに溢れたプレゼントばかり。


レーネはできるだけ存在を消して動くためにエンジのマントは置いてきた。生成りのシャツに黒のパンツ、髪を編んだリボンに合わせてカーキ色のマントと、旅慣れた服装だ。この服装はもちろん、


「おい、人の目のあるところで大騒ぎするな。」

腕を組み不機嫌そうなサイラスが買ってきた。もちろん新しいマントにもありったけの魔法が染み付いている。


「〈英雄〉様はお付き添いで?」

「ウダイさんと一緒だから心配いらないっていうのに!」

「一緒だから心配なんだ。」


ルークもついていくと言い張ったが、〈英雄〉と〈勇者〉三人も訪ねたらカエラがどれだけ居心地悪いかとレーネがキレた。サイラスと話しあい、渋々ルークが折れた。


「せっかくの兄妹二人旅を邪魔するなんて不粋な男ですねえ。」

「ねーえ!」

「おい……………」

「まあでも〈英雄〉サイラス様がいれば、他の護衛は断っていいですね。よかった。経費が浮きました。」

「先生よかったね、役に立って!」

「私はレーネしか守らないよ!」

「…………〈英雄〉とは案外ケチですね。」

「うわー!けち臭ーい!」

「………………」


三人は地図を広げ、カエラの村までの行程を確認する。サイラスが馬で先行し、レーネとウダイは馬車で旅することになった。


「商売の荷もあります。レーネ、馬車に付き合ってね。」

本当は体力の落ちたレーネの乗馬に不安があったためだが、ウダイもサイラスも一言も言わない。

全盛期のレーネならば馬で1日で駆け抜ける距離を3日で動く。三年ぶりの外出、レーネも不安に思わなくはないが、それ以上に大の男二人が緊張していた。ようやく森の外へ自発的に出ようという気になったのだ。最善をつくし、次に繋げたい。



御者台にレーネとウダイは仲良く並んで旅をする。サイラスは既に遥か彼方先回りしていて姿はとらえられない。まだまだ空気は冷たいが、レーネは久々の馬車旅を楽しみたくて人目がなくなるとフードを取った。

ウダイも流石に旅慣れていて、小さな動作で易々と馬を操る。


「ねえねえ、あれなあに?」

「あれは先住民の砦のあとだね。確か500年くらい前の。」

「先住民?」

「この辺りはねえ、昔…………」


前回の旅は周りを見る余裕などなかった。ひたすら脇目もふらず、目的地を目指した。いつ死角から襲われないかと怯えながら。


レーネはキョロキョロと新しいものを探し、ウダイは大抵答えを持っている。ウダイはオーバーリアクションで説明し、レーネは声をたてて笑う。


(こんなのどかな旅が出来るのも、自分のおかげだと………わかってないんだろうね。うちのレーネは……)


ウダイは苦笑した。







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― 新着の感想 ―
[一言] うちのレーネを呼び・・・いい゜+.゜(´▽`人)゜+.゜
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