28
何かが違う、そう思い、レーネはそっと目を開けた。
既に日は登り、充分明るい。
目の前に大きな、ヒトの胸があり、顔を上げると、サイラスが眠っていた。レーネのベッドで。
昨夜の再会を思い出した。
(先生、ヒゲだ………)
サイラスに不精ヒゲが生えるなんて思いもしなかった。そして、こんな真近に顔を寄せあったことなどなかったからだと気づいた。
最後に会ったあの秋の夕刻よりも、少し痩せて見える。そしてサイラスのトレードマークであるサラサラとした金の長髪は、驚くほど短く刈り込まれていた。
短髪、ヒゲ………
(なんだろう、ゼンクウさんへのオマージュ?)
そんな男っぷりの増したサイラスの胸に抱え込まれもう片方の手が腰に巻きついている。抜け出せそうにない。
(ウダイさんの差し金かな。)
突然サイラスが現れた理由はそれくらいしか思いつかない。
(見つかった………またあのすり減るだけの生活に戻らないといけないの?)
レーネの胸に暗いモヤが立ち込める。
「レーネ。」
いつのまにかサイラスが起きていた。
「身体の調子はどう?」
レーネはそう言われて起き抜けに必ずあるこわばりや、引きつれがないことに気づいた。
「軽い………です。癒してくれたんですか?」
「せいぜい50パーセントってとこです。キレイに回復させられずすまない。」
レーネはサイラスの腕の中から出てベッドを降り、手足を、関節を、グルグルと回してみる。痛みが格段に減っている。軋みもない。
「凄い………サイラス先生さすが………」
こんなに楽な朝は一体何年ぶりだろう。
「先生はやっぱり一番の回復魔導師ですね。ありがとうございます。」
レーネは感激に目をきらめかせ、ペコリと頭を下げた。
何故かサイラスは顔を歪ませレーネを手招きし、膝に抱き上げ二人の身体を毛布でくるんだ。
「一番じゃないよ。一番だったらとっくの昔に癒してる。」
「でも、先生忙しかったもの。」
レーネはサイラスが余りに近くて顔を上げられない。
(何この体勢!逃げないように?)
サイラスが腕にギュッと力を入れた。
「そうだね………私は忙しすぎた。大事なものを見失うほどに。」
「………私が消えたから……先生に討伐とか集中して忙しくなった?」
レーネは途端に罪悪感でいっぱいになった。しかしサイラスは違うと首をふる。
「レーネのせいじゃないよ、ホントに。でも私も疲れた………休もうと思ってます。」
「…………そうですか。」
「レーネ、私をここに置いてほしい。」
「はあ?」
(先生、何言ってんの?こんなやる気のないあばら屋に?)
「先生には………ココはふさわしくないかと?」
「何故?」
「えっと………ボロいから?」
「でも、レーネは自然に住んでいる。そして、ここなら誰にも見つからない。」
サイラスはにこりと微笑む。
「先生なら………もっとマシなトコでどこでも歓迎されると思います。」
「でも、レーネはここしかいないでしょ?」
「…………」
サイラスは、近しい人からも離れて、ボンヤリしたいのだろうか?私にしかわからない愚痴をこぼしたいのだろうか?でも…………昔、散々受けた忠告を思い出す。
「先生はここにいてはいけない人です。」
「どうして?」
「…………王族だから。」
「……………レーネ、誰に聞いた?」
レーネはハハハと笑った。
「私にも目はあります。金髪碧眼はケリック王族の色。………そもそもゼーブに上京してすぐ、親切な方が教えてくださいました。」
お前なんかが軽々にサイラス様と親しくするな!立場をわきまえよ! 、と。
でも、それでも、魔王討伐にはサイラスにすがるしかなかった。強くなるためにはしょうがなかった。
しかし、今現在、ゼーブから遠く離れた人目のない場所で、サイラスの側にいる納得させうる理由などない。
「サイラス先生、先生へのご恩は決して忘れません………。でも、ここにいて………私なんかと二人でいたら、先生の評判にキズがつきます。」
「…………レーネ、私はかつて王族だったのだ。魔王討伐に参加が決まったとき、私の身分はなくなった。」
表向きはそうだ。王の兄の子供で、現王の甥、王位継承権第四位のまま死ぬ可能性のある旅には出られない。〈英雄〉となった今は世界の中立の立場で、サイラスの身はケリックだけのものではない。
とはいえ、ケリックの上流階級からすれば、サイラスはサラブレッドであり、田舎の鼻水垂らしているような小娘は近くにいるだけで不敬なのだ。
「先生、治癒してくれてありがとう。」
レーネは強引に立ち上がり、どこでもいいから移動しようと頭の中で慌ただしく魔法を展開する。
サイラスが自分といることで、お偉方のお咎めがないように。レーネ自身が………厄介ごとに巻き込まれないように。
突如、九割方完成してたレーネの魔法が霧散する。
どういう介入かわからないが、こんな真似が出来るのは…………レーネは後ろを振り返る。
両手で見た事もない陣を構築しているサイラスがいた。
「レーネ、逃げないで。」
「………………」
「私の出自のことで、あなたがどうせめられていたのか、なんとなく想像できます。」
「………………」
「レーネのおかげで生きていられるというのに…………ゼーブはバカばかりだ。」
「あ」
サイラスの手が動き、レーネは金縛りをかけられた。




