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レーネはむしゃくしゃしている。ウダイと再会して以来。
ウダイにもらった手紙はとても温かかった。何度も何度も手が伸びて読み返してしまう。また手紙がほしい、ウダイに会いたい、もっと知りたいと思うほどに。
せっかく、一人に慣れたのに、どうせまた一人に戻るのに。
(ぬくもりなんて、思い出したくなかった………)
弱い自分に腹がたつ。これ以上関わりを持ってしまったら………穏やかな今の生活が奪われる。穏やかに逝くことができなくなる。
それがわかっていながら………レーネは村に降りてきてしまった。誰に見られるわけでもないのに、春の夜、ひっそりと。ウダイとの再会から一カ月あまり。
(今回が最初で最後だから!)
と、自分に言い訳したり、
(このくらいの娯楽、私の生活に入り込んでもいいんじゃ?)
と甘い自分がささやいたり。ブツブツ自分自身に文句を言いながら月明かりに見守られ山神の像に辿り着く。
像の横に、周りの野花の邪魔にならない緑色の木箱がソッと設置されていた。箱には魔力が宿り、劣化や汚染、漏洩防止の措置が施されているようだった。
(やるなあ、ブリッジ商会。)
レーネが触れるとパチリと蓋が開いた。
中には4通の手紙、そして贈り物と思われる布の袋が二つ入っていた。
「お兄ちゃん……………」
レーネは返事を書いてないことを少し後ろめたく感じた。しかし、思いなおす。存在の証など、一つとして残すべきではない、と。
レーネは大事に荷物を受け取ると、瞬時に森の小屋に戻った。
小屋のテーブルにウダイからの贈り物をひろげ、エンジのリボンを手にとり眺める。
(かわいい………)
さすがウダイだ。蔓で巻いた自分の髪を見て苦笑した。
手紙を日付順に並べ、一番古いものを開封した。
小屋に、急激に、懐かしい魔力が充満し、大きなオーラが出現した。
「レーネ!!!」
「サイラス先生…………」
どんなに時間が経っていようと、恩師の美しい顔を見間違えるはずがない。サイラスが、レーネの目の前に立っていた。レーネにはこの事態が全く理解できない。立ち上がり、後ずさる。
「レーネ…………今でも私を信用してくれますか?」
「もちろん、です、が……」
「では、治療します。しばらくおやすみ、レーネ。 」
サイラスが人差し指をレーネの額にトンッと突き立てる。瞬時にレーネは意識をなくし、サイラスはレーネを抱きとめた。
サイラスはレーネを木の板に布を張っただけのベッドに寝かせ、優しくレーネの衣類を一枚ずつ剥ぎ取った。
「レーネ…………」
あの浴場の映像の何倍も生々しい傷跡が、レーネの白肌を覆っている。そしてすっかり痩せて体力のない身体、息をしているのが不思議なくらいだ。
(すまない、レーネ。)
サイラスは溢れ落ちそうになる涙を抑え、眼を閉じ、小屋に結界を張り、空気を温め、レーネのために作った複雑な回復、修復、防染の魔法を編み、大きな怪我から順に治療をした。丁寧に、慎重に、細かい傷も目に見えない神経の切断も見逃さないように気をつけて。
外が白み出したころ、サイラスはようやく術を止め、レーネに清浄化の魔法をかけ、サイラス自身の新品の服を羽織らせた。
サイラスは寝心地の悪いベッドからレーネを抱き上げ横抱きし、ベッドに腰掛けた。レーネの顔から光の筋のような髪を払い、輪郭を確かめるようになぞる。
(こんなに痩せて………)
顔の傷はもうわからない。しかし、深手のもの、特に肩は一度の施術では治らなかった。根気強く治療しなければ。腕のケロイドも時間が経ち過ぎた。完治は不可能、せめて少しずつ、薄く、目立たなくなるように施すしかない。
(痛みだけでも軽くなっていればいいんだが。)
サイラスは眠るレーネの頰を撫でる。
サイラスはゼーブを出てすぐ、膨大な魔力を用いて数百の小動物を使役した。それらにウダイの手紙からウダイ固有の気配を覚えさせ、ウダイにまつわるもの全てを探らせた。そして、レーネの村にたどり着き、ポストを見つけ、残されたウダイの手紙に罠をかけた。レーネがそれを持ち出し開封したら、それを追ってレーネの元に飛べる魔法を。
(ウダイめ………)
結局、ウダイのおかげでレーネを見つけた。そもそもウダイからの手紙はサイラスへのエサだったのだ。まんまと食いついた自覚はある。しかし、ウダイがなぜ、嫌っている自分にエサをまいたのか?
腕の中で軽く薄くなって眠るレーネを見下ろす。
(自分一人では、レーネを繋ぎ止められないから苦渋の選択ってところか………)
レーネの様子に危険を感じ、なりふり構っていられなかったのだろう。ウダイのレーネへの忠誠は悔しいが本物だ。実際レーネに会って納得する。あまりに儚い。そして、
「レーネ…………」
レーネは厳しい試練の末、少女らしさはすっかり消えて、あらゆる痛みを知る寂しげな大人の女に変貌していた。
(…………おまえほど、私の心を動かす、美しい女はいないよ。)
サイラスはレーネを抱きすくめ、レーネの唇にキスをした。




