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ルークは二十歳になった。今日は華やかな成人を祝うパーティーの主役として、一族の屋敷の大広間にいた。
『レーネ、ひと足先に大人になったよ』
一番ここにいて欲しい人に念話で語りかける。返事はない。いつもどおりだ。
会いたい人のいないこんな場になんの意味があるのか?ルークにはないが、家族にはある。家族のためだ、成人したのだから付き合わなければ………ルークは苦笑した。
ルークの隣には国の財務を取り仕切る父、やはり名門出の美しく、子供を溺愛する母、そして、二つ年下の母によく似た妹が立っていた。三人とも、〈英雄〉である息子を誇りに思ってくれ、事あるごとにその気持ちを形にしてくれる。今日のように。
(有難いが………迷惑だ。親友一人救えない俺のどこが〈英雄〉だ。)
2年前の御前会議の後、ルークは学校を辞めた。学校側が勝手に便宜を図り卒業扱いにしてくれたが。
そして、レーネを探しつつ、レーネのこなしていた残党討伐に行った。レーネのペースは思った以上にキツくて、体が慣れるまで時間がかかった。〈英雄〉は立場上どの国にも偏ってはならず、国外の仕事の場合は移動に時間が割かれた。移動魔法が使える場所だと楽なのだが。
体を休ませる暇はなく、小さな生傷の絶えないルークを母親は心配した。
「ルーク、なぜあなたが行くの?あなたはもう十分働いたのよ?私をこれ以上心配させないで!小さな討伐など他の皆さんに行ってもらいなさい!」
(俺が行かなきゃ、誰が行くんだ………)
(こうやって、止めるものがいる人間はやがて留まり、止めてくれるものがいない人間がいつまでも働かされる……レーネのように。)
母の気持ちはわかる。が従わないし、言い返しもしない。ルークはレーネの代わりに討伐に出る。ルークには帰る場所も人もあるのだから、その苦労などレーネの半分もない。そして、魔獣と戦い、新術を試し、更に強くなろうと励む。レーネをいつか守れるように。レーネの出番がなくなるように。
ルークは学生ではなくなったとき、エンジのローブを作り身につけた。自分はケリックの軍にも魔法省にも属さぬ〈英雄〉。強いていえば、レーネ派だとはっきり伝わるように。赤い髪とグラデーションになり、ルークは満足している。今日もまたそのローブ姿だ。
ルークの母はエンジをあからさまに嫌う。ボロボロのルークを魔王領から連れ帰ったレーネを見てから、レーネがルークを危険に誘い込む元凶のように考えている。実際あの時ルークはサイラスによって治療済みで、レーネこそがボロボロだったのだが、何度言っても理解しない。
「討伐は勇者様が行けばいいのよ。勇者様なんだから。」
母の言葉は多くの民の言葉と重なる。傍らの自分の娘とレーネが実は同じ女の子だと想像できない。ルークは説得をとうに諦めた。ただ、自分は自分でレーネの親友に戻るため出来ることをするだけだ。
次にレーネに会うときには、口先だけの感謝や栄誉なんかでなく、もっと暖かいものを与えたい。そして、力と度量を身につけて、レーネのそばにいる価値のある人間になるのだ。
そうやって厳しく自分をいじめ抜いてきたルークは魔導師でありながらしなやかな筋肉がつきたくましく、顔つきは冴え冴えとして、赤い眼は先の先を見据えてみえる。その若くして超然とした雰囲気からいつしか〈紅蓮の賢者〉と呼ばれるようになっていた。
成人して、これまで以上に女性にまとわりつかれるようになり、ルークはウンザリして常に無愛想という魔法を纏った。居心地悪くて長居できない程度の。
「お兄様!」
その魔法も当然家族には効かない。妹ポリーがズカズカとルークのパーソナルスペースに入ってきた。ポリーも赤目で赤い薔薇のようなドレスを見にまとっている。その傍らには同じ年頃の女性を連れていた。
「お兄様、紹介しますわ。こちらマーガレット様、とっても仲良くさせてもらってますの。」
妹からの紹介では弾くわけにはいかない。ルークはしょうがなく水色のドレスを着た女性と視線を合わせた。
「………………」
女は何やら歯の浮くような褒め言葉を垂れ流しているが、ルークの耳には入らない。
(………この女)
何度も何度も繰り返しルークを苦しめる悪夢………アコンの浴場の光景に出てくる女だった。
お久しぶりです。再びレーネにお付き合いください。
(あ、レーネ、しばらく出番なしだった…………)




