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若干不穏な気を流してしまったのか、遠くでピィーっと甲高い音がしたと思うと風とともに鷹がレーネ目掛けて突っ込んできた。レーネが舌打ちすると同時にレーネの肩に止まり、見慣れぬ人間を睨みつけた。
(これが噂の……レーネ様の聖鷹か………)
ウダイはカルを興味深く見つめた。
「カル、ウダイさんは敵ではないわ。威圧しないで!」
レーネは面倒くさそうにカルをにらむ。
「ウダイさん、私はどこにも行かないし、何もしない。ただ弔うだけ。…………私のことは忘れてください。」
(………これ以上深追いしてはダメだ!)
瞬時にウダイは引き際と判断した。せっかく繋がった細い糸がちぎれてしまう。
ウダイはピリピリとしたレーネにそっと近づき、頰に優しくキスをした。
「な、なに?」
キスなんて、母以来だ。
「こんな可愛い妹を忘れられるわけないでしょう?レーネ、それでは私がここにちょくちょく会いにきます。」
「私は………ここにいつ来るかなんて決めてない。もう二度と来ないかもしれない。」
「私が勝手にすることです。レーネ様はお気になさらず。会えない時は運がなかったと諦めるのみ。」
「そんな………」
「そうだ、あの石像の脇に小さなポストを作っておきます。会えない時はそこに手紙を入れておきます。レーネ様、たまにチェックしてくださいね。」
ウダイは足元に広げたものを片付けて、代わりにレーネへのプレゼントを一式取り出した。
着心地のよい服、ハチミツの香りのする石鹸、評判の隣国の傷薬、女性らしい便箋と封筒とペン、日持ちのするお茶とお菓子、そしてレーネ宛のこの二年あまり書き溜めた手紙の束。
「………これ私に準備してきたの?」
袋の中身を見てレーネは呆気にとられた。
「もちろん!お兄ちゃんは稼いでますからね。」
ウダイは敢えて軽薄そうにニヤリと笑った。
「ウダイさん…………私はもう………『いない』のよ。」
レーネはウダイの目を見て、真剣に、言った。
(あの日、私は間違いなく死んだ。体だけ未練がましく残ってるけど。そしてとっくに私の存在などみんなの記憶からも死んでるはず。今更私に何をしろと?私はいつも一人で……既に死んでるのよ……)
「レーネ、私が勝手に側にいたいんです。はねつけないで。」
ウダイもまた真剣にレーネを覗き込む。
………………レーネはもう、どう解釈してよいかわからない。
レーネは手に持っていたお土産を軽く持ち上げ、
「ありがとう。」
そう言うとエンジのマントをひるがえし、消えた。逃げたのだ。
主が移動魔法で消え、急に捕まっていた肩がなくなったカルは飛び上がった。
ウダイはレーネの消えた空間をジッと見つめていたが、かたわらの大岩に降りたったカルに視線を移した。
「で、あなたは誰なんです?」
「……………」
「まあ、レーネ様をお守りしているようですから文句はありませんが。」
カルは翠の目でギロリとウダイを睨みつけると大風をおこし、あっという間に森深く消えた。
(レーネ様、生きてた…………よかった………)
ウダイはその場に膝から崩れおち、自分がどれだけ緊張していたかわかって、はははと笑った。レーネとの会話は、逃げられないように、少しでも信頼してもらえるように、綱渡りだった。
(また会えるかどうか……首の皮一枚で繋がってるってとこか)
最後に土産を受け取って、ありがとうと言ってくれたのだから、少しは期待してもいいだろう。
それにしても、
(妖精?いや仙人か………)
人から離れ、山深くこもり、孤独を常とし、自分を厳しく律し、ただたたずむ人。
(俺は…………非力だ……)
自分のことを必要な存在と思っていないレーネ。十分に愛される資格があると信じられないレーネ。
(せめて、俺だけでも………信じてもらえたら…………)
木々に日が隠れ、一気に暗さが増した。
(次は…………どうやって甘やかそうか)
(これ見よがしなものはダメだ、さりげないものでないと、俺の妹は警戒心が強いからな)
ウダイは数日ぶりに帰途に着いた。




