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蔦を編んで作った紐で、胸より長くなった髪を三つ編みにして結び、蔓を編んで作ったカゴに森に咲く可愛い野花を株で入れた。
ピリリと寒さが残る春先、レーネは家を出て、村に向かう。
今日は母の、友の、命日だ。
朝、家を出れば、ゆっくり歩いても昼前には村に着く。用事など何もないレーネは移動魔法を使うほどでもない。
エンジのマントはサイラスの魔法のおかげで、どれだけ酷使しても痛むことも汚れることもなく、相変わらずサラリとしていて、細いレーネを包み込み朝露から守った。
森を抜けると太陽が高く上がり、ポカポカと暖かくなってきた。
「よかった。」
雨の墓参りは気分がふさぐ。
途中湧水をたっぷり水筒にくみ、早足で村に入り、山神様の像に向かった。
山神様は穏やかに佇んでいた。周りには色とりどりの、これまでレーネが世話してきた花々が、冬を越してようやく蕾をつけていた。
レーネは荷物を降ろし、幼い頃のように、雑巾で山神様を優しく拭きあげた。そして、森から運んだ花をまだ土の見えている場所に植えつけた。
(根が張りますように)
願をかけて、水魔法でシャワーのように一面の草花を濡らした。
日の光で虹が出来て、ご褒美のようなキラキラした光景になった。
皆を失った悲しみは消えない。憎しみも消えない。しかし、やがて7年経とうという今、レーネはあの瞬間の惨劇よりも、日々の穏やかな日常、村長のじい様にゲンコツをもらったイタズラ、みんなの笑い声、母の料理のレパートリー 、そういったことを思い出すことが増えた。
(時間が薬って………ホントなのね………)
レーネは素朴で優しい自分のふるさとを眺め………舞ってみようかと思いたった。
山神に捧げる舞。秋祭りで村の娘皆で舞う豊穣への感謝の舞。
(12才以来か…………体、覚えてるかな?)
チラリと山神様を見上げると、水に濡れてキラキラと輝き微笑んでいるように見えた。
(………鎮魂にピッタリかもね。間違えたら、村長が夢に出てきて怒られそうだけど。)
レーネはつま先で、タンタンとリズムをとってみた。そして、足さばきだけ復習してみた。
(ああ、案外いける!)
レーネは山神様に一礼すると、パンパンパンと手拍子を叩き時計回りに踊り出した。クルクルと回り、伸び上がり、太陽に手を伸ばし、手を胸に押し当て、手首を鈴がついてるていで、シャンシャン回した。何度も何度も繰り返し、
(会いたい、みんな、私の舞、届いてる ?会いたい………)
舞って舞って舞って、疲れて、レーネの足が止まり、肩で息をし、はあはあと空気を吸いながら山神様を見上げた。
不意に………背後から、レーネは抱きしめられた。
「見つけた………レーネ様…………」
振り向くとウダイが涙を流しながら、笑っていた。
レーネは随分前から体に危機感知の結界をまとっていない。ボンヤリしていないと魔獣に襲われそうにないので………今もってそんな気配もないが。
最もウダイは危険人物ではないので、結界を張っていたとしても働かなかったかもしれない。
ウダイはレーネの体をひねり、正面を向かせて抱き上げた。レーネの舞を真似て、クルクルその場で回った。
「軽くなられた…………。」
「ウダイさん?どうしてここに?」
ウダイはゴツンと頭突きした。
「…………家出した、バカ妹を探すためです!」
「へ?」
ウダイは木陰にフワフワしたマットをしき、あっという間に美味しそうなお菓子や飲み物が並べられた。レーネは困惑しながらもウダイのとなりに横座りし、ウダイが入れたお茶を受けとった。
「このお茶…………」
「レーネ様がお好きだと、おっしゃっていたお茶です。」
「そうよね………。たまたま持ってたの?」
「まさか!レーネ様にお入れするために持参しましたよ!」
「でも………今日私が村に来ることなんて、誰も知りようがない。」
「そうですね………レーネ様の居場所、あちこちあたりましたがさっぱりわかりませんでした。」
レーネは頷く。
「結論として、レーネ様が最も愛する場所にいらっしゃるのではないかと。それはゼーブではない。きっとレーネ様の生家のある場所。この村しかもはや可能性は残されてなかった。」
「…………」
「でもここ、レーネ様の生まれた村の正確な位置がなかなかわからなかった。レーネ様は里帰りに誰も連れて行かなかったのですね。」
レーネは笑った。
「だって、里帰りっていったって、ここには何もないもの。破壊された残骸があるだけ。」
「でも、今日はとても綺麗だ。」
ウダイは石像の周りの小さな花畑を眺め、眼を細めた。
ようやく20話、レーネに付き合ってくださっている皆様、ありがとうございます!




