18
ゆらりゆらりと水鏡に3人の人物が浮かび上がる。
……………………………
…………
『………バ、バケモノ!!!………』
………………。
「………何てこと……………。」
王妃がポツリと呟いた。それ以外は無言で既に終わった悲劇をジッと眺めた。
罵倒され、疲れはて、表情が消え、涙をこぼさず泣くレーネ。
ー突如サイラスがワナワナと震えた。
「なぜ……なぜレーネは深手を追ったままなのだ。なぜあのジャノンに噛み切られたまま肩を放置した!ユニス師、あなたならあの欠損も他の傷も直後であれば治癒できたはずだ!!!」
ユニス師は深いため息をついた。
「知らなかった………では済まされないね。私も他の上位の回復魔術師もあなたとルークの治療にかかりきりだったわ。意識がなかったからね。こんな大怪我されているとは思いもしなかった。………魔王と戦い死にかけて、無傷なわけないのにねえ……」
「これは………地獄の痛みだな。当時も、もちろん今この時も。こんな怪我人に討伐させていたのかよ。」
バークが目頭を抑える。
宰相も沈痛な面持ちで当時を振り返った。
「魔王領から帰還されたとき、状況を聴くことができるのは勇者だけだった……仲間3人をひたすら案ずる勇者をなだめすかし、事情聴取したよ。勇者自身の体調を尋ねることなくね。」
「ああーーーー!!!」
ルークが不意に叫んだ。
「さ、サイラス様、お、俺のせいだ!」
「ルーク?」
「れ、レーネの右手、おれの青炎だ、青炎で焼かれてる、あのヤケド跡、腕全部!」
ルークは自分の左腕の袖を捲り上げた。そこには治癒した小さなケロイドが残っていた。
「ほら、見てよ!おんなじだ!これはおれが失敗したときの。たったこんだけでも死ぬほど痛いんだ。アイツ治してもいない!何でレーネ生きてんだ!」
「青炎…………剣に纏う際、高温過ぎて、ミスリルの小手以外の防具は貫通していたってことか。」
青炎を体現できたとき、ようやく魔王と対抗する手段ができたと大いに盛り上がり、ルークは褒め称えられた。諸刃の刃とは気づかなかった。レーネを除いて。サイラスは天を仰いだ。
「声を………あげてくだされば…………。」
宰相がポツリと呟いた。
ポチャン………と音がして、水鏡に波紋がたち、ただの水面に戻った。静まった空間をウダイがカツカツと歩き、魔道具を取り出した。
「声をあげていたと思いますがね、私は。ただあなた方が気づかなかっただけだ。」
「…………」
「…………レーネ様はご自分のことを『ものを知らない田舎もの』とおっしゃっておられた。身分のある皆様にとって田舎ものの平民の言葉など後回し、耳に残らないでしょう。」
「そのようなことは!」
「ご安心ください。平民の勇者レーネ様は、私共、平民のブリッジ商会が全力でお守し、大事に大事に商会全員の妹として甘やかします。では、これにて。」
世界中を知のみで渡り歩くウダイには力とは別の種類の凄みがあった。そして、金もある。平時に最も必要な。ウダイが出て行くのを誰も止められないと思った。
「待て!」
バークが声をかけるとウダイが振り返った。
「お前たちが先に勇者様を見つけたら、我々にも連絡してほしい。我々も償う。」
ウダイは笑った。
「まさか!教えるわけない。また使い捨ての兵器にされるのが目に見えてるのに。」
バタン、とドアを閉めウダイが去った。
「フフフっ」
王妃の笑い声に皆が顔をあげた。
「あら、ごめんなさい。思い出しちゃって………先週のマリア王女の誕生パーティーのこと。戦時は終わったのだからと、色々と我儘を聞いてあげたわ。ドレスに宝石………それはもう煌びやかな……。」
「……………」
「勇者様の願いは何だったかしら?温泉?学校?なんてささやかな…………。レーネ様はおいくつだったかしら。」
「17です。」
「フフフ、マリアより年下ね………私、国母失格だわね…………」
王妃はそっと涙をぬぐった。
国王が………立ち上がった。
「我が国ケリックは大恩ある勇者レーネを蔑ろにし、失望した勇者はケリックを去った。我が国は大きな過ちを犯した。以上だ。」
国王、そして王妃が退出し………沈黙が残った。