17
サイラスとルークがアコンから戻り、三週間、ようやくブリッジ商会経由でウダイと連絡が取れた。が、レーネの行方はわからないと、当初面会を断ってきた。
アコンでの様子を詳しく知りたいと食い下がり、プレッシャーをかけ、ようやくゼーブに出てくることを了承させた。
そのことを宰相に報告すると、結局前回のメンバーが揃うこととなった。レーネを心配する気持ちもあるが、英雄の要請を断る商人に興味が湧いたというのもある。
当日、老師が体調を崩し欠席すると、代わりに王妃が顔を出してきた。既にレーネが姿を消して2ヶ月以上、城下に噂がたちはじめている。民の動揺を感じ取り自らも状況を確認に来たのだ。
前回と同じ部屋同じ円卓に座り待っていると、兵士に先導されて若い男が入ってきた。清潔な上質の……最上級ではない………無難なの服を着て、茶色の髪は綺麗に整えられ、後ろに撫でつけられていた。ウダイはいかにも自分が無害であるというような笑顔を浮かべて型にはまった王族に対する口上を述べた。
宰相が話を始めた。
「ウダイ、早速ではあるが、勇者様のご様子、行方の宛などあれば申してみよ。」
ウダイは少し困った顔をして、
「……書面でもご報告しましたが、私は、勇者様がどちらに向かわれたのか、聞いておりませんし、見当もつきません。」
「何か気になることを申していなかったか?」
「特段思いだしませんね。」
この顔触れを前に淡々と受け答えするウダイに一同感心し………心中警戒した。
ここで何か答えを得なくては先に進めない。サイラスが口を開いた。
「宿ではレーネとかなりの時間、二人で過ごしたと聞く。何を話した?」
ウダイは相手がサイラスだと確認し、とびきりの笑顔で言った。
「ふふっ、秘密です。」
「おいおい!」
大将が声をあげた。皆が驚き目配せする。宰相が冷たい瞳を光らせて言う。
「冗談をいう場ではない。」
ウダイはサイラスから視線を外さず言った。
「冗談など言っておりません。レーネ様とのあの楽しいひとときは誰にも話たくなどないのです。先程お尋ねになったような話は何も出ず、もちろん無体も働いておりません。それはこの場の皆様に誓いましょう。」
ウダイは艶やかに笑った。
「そうですね………レーネ様はとってもお可愛らしくて、お菓子を召し上がる時は目をキラキラとされて……ささやかな幸せの時間だったと申しあげれば納得いただけますか?」
ウダイは口の端をニッと上げた。その場にいる全員がウダイにケンカを売られたのがわかった。自分はレーネに『ささやかな幸せの時間』を差し上げたが、お前らはどうなんだ!と。
ルークは悔しそうに顔をしかめながら、
「手紙には何と書いてあった?」
と聞いた。
「それも秘密です。私の宝物ですから。」
(手紙のことよく知ってたな。もらったのはあれ一度きりで、中味は楽しいものではなかったけど、せいぜい気を揉むといい)
ウダイはここまで一つもウソはついていない。気を持たせる話し方をしているだけだ。だから全く後ろめたくなかった。
そして力も立場もありながらレーネを追い込んだここにいるメンバーを突き放した気持ちで眺めていた。特に〈英雄〉サイラスとルーク。レーネが最も頼みにしたに違いない人物。
「では、私はこれで失礼させて……」
「待て、アコンの浴場の魔道具を見せよ。」
サイラスに魔道具の存在をはっきり示され、ウダイは舌打ちした。ウダイは当然商会の本部で画像を見た。そして悔し泣きした。
レーネのあの姿を見せるのは胸が引き裂かれる。………しかし王の御前、避けられないのも事実。
(………お前らも苦しめばいいよ)
「もちろん、召集状に持参とありましたのでここにございますが、レーネ様はもはや私の妹同様、赤の他人に妹の肌を見せたくはありませんね。」
先程までと打って変わったウダイの冷ややかな表情に場が鎮まる。
しかし、ルークはいきりたつ。
「俺は赤の他人ではない!ふざけんな!お前何様だ!」
「申し訳ありません。英雄殿、ただ私はレーネ様より兄と呼んでいただいておりますので、つい感情的になってしまいました。」
「………畏れ多くも〈勇者〉の兄を語るか?」
宰相が凄む。
「事実ですので。私のようなものがおこがましいのですが、レーネ様が私を兄にと望んでくださいました。たった1日の出会いでしたが……だからこそということなのでしょう。」
ウダイは円卓をグルリと一瞥した。
「我々の魔道具の再生には条件がつけてあります。今回は浴場ということで3つ、女性で、膨大な魔力を持ち、邪な目的をもたないこと、です。水鏡に魔道具を浸して、条件を満たす女性が魔道具に魔力を当てると発動いたします。では人選は皆様にお任せします。」
「面白いもの作るわね、商人っていうのは………私が作動させるわ、いいわね?」
ウダイは頷き、老齢ではあるが現世最強の女性魔導師であるユニスにうやうやしく魔道具を手渡した。
「私も拝見します。女性なので適任でしょう?陛下?」
王妃が尋ねると王は黙って頷いた。
「何と言われましても、我々は何が起こったか正確に知る義務があります。見せて頂きます。」
サイラスがそう言うと、ルークも力強く頷いた。
「待て!」
バーク大将が口を挟んだ。
「ここにいる身内で立場を見たもの、見てないものに分けるのはまずい。義務も責任もトップである我々は等しく背負うべきだ。全員で。」
バークが王にそう言って頭を下げる。王がゆっくりと頷いた。
ウダイは数歩下がり、事前に準備されていた水鏡にユニスが力を注ぐのを、これから起こる混乱を想定しつつ、淡々と眺めた。
本年もよろしくお願いします。