15
「サイラス様!」
王城を出るとルークはすがるようにサイラスに駆け寄った。
「レ、レーネはどこに!なんで?」
「…………ルーク、私も君と同じ、混乱しています。とりあえず探さなければ。私はこの足でレーネの家に行くが、共に来ますか?」
ルークは当然だと、サイラスの後ろをついていった。
「ホントにここなの………?」
ルークが呟く。サイラスも言葉がでない。
騎士団の中のレーネの一室は古く小さく………あまりにわびしいものだった。狭いベッドには官品の毛布と枕がキチンと畳まれて置いてあり、しばらく使われていないのがよくわかる。机の上にも何もない。この部屋にレーネを連想させるものは何もない。この部屋に帰りたいと思わせるものもなにもない。自分達も討伐の旅の間はボロ宿に泊まり、野宿も平気でした。しかし帰還後はここよりもっともっと暖かい部屋で、温かい生活を享受している。
プライバシー云々言っている場合ではなく、躊躇なく片隅にある葛籠の鍵を魔力を流して壊す。フタを開けてみると、中には見たことのある飾り気のない服が数枚、慰問先の修道女や子どもたちにもらったと思われる小さな小物や手紙。
それがレーネの全てだった。ルークはレーネの背景の冷たさがじわじわと染みてきて寒気が走った。
二人の英雄の訪問にガチガチになっている寮の管理人にサイラスは尋ねた。
「ここでのレーネの様子は?」
「様子と言われましても……、仕事でご不在の場合が多く、いらっしゃる時も夜お戻りになり、早朝立たれます。お部屋では眠られるだけだったのだろうと。」
「特に仲のよかったものは?」
「存じあげません。レーネ様は食堂にもいらっしゃいませんでした。なんというか………女性ということもありますし……遠慮されていたのではないかと。自分がいると、皆に緊張を強いるのではないかと………」
さもありなん、だが、唯一寛げるはずの自室で、遠慮しなければならなかったとは………
コンコンと開いているドアをノックしてバーク大将が一人部下を連れて入ってきた。
「なんだなんだ、女の子の部屋にしちゃあ殺風景だなあ。誰だこんなとこに勇者様を入れた奴は!」
ルークは『女の子』という言葉に動揺した。確かにレーネは女の子だ。妹やクラスメイトと同じ。でもレーネは勇者だろ?
バーク大将は連れてきた軍人を前回の討伐で指揮した大尉だと紹介し、大尉は討伐の様子を一通り話した。
「私の目からみた勇者様は特に変わった様子は見受けられませんでした。部隊の最後尾に控えていらして、我々の作戦を尊重してくださって…部下が言いますには、大掛かりな支援魔法をさりげなく部隊全員にかけてくださっていたとのこと。おかげさまでスピードが上がり、疲労も溜まらず、予定よりも早く終了することができました。」
サイラスは愛弟子の成長ぶりを聞き、緩く微笑んだ。
「帰隊のとき、勇者様は単騎で戻るとおっしゃって、まあ、人数が多いと時間がかかりますので、早くお戻りになりたいのだろうと思い……お疲れのご様子でしたので。皆で勇者様のエンジが見えなくなるまでお見送りし、その後我々も出発しました。」
「地図!」
バークの声で、副官が討伐方面の地図を広げ、レーネが走りさった先を検討する。
「この方角の街に立ち寄ったか……魔獣に出くわしたか?今、出来ることはこの周辺に行き、聞き込みすることくらいだな。この部屋には何にも手がかりなさそうだ。」
バークはもう一度冷えた視線でグルリと小部屋を見回した。その視線に動揺するサイラスとルークを見て、
「俺はお二人を責めてるわけじゃない。仮にも俺の軍と共に働いてくださってる勇者様の部屋すら知らなかった自分に俺自身腹がたってんのさ。目と鼻の先の団舍だっていうのに。」
さすがにゼーブの最重要人物の一人である大将が動くわけにはいかない。サイラスは情報の提供に感謝し、自分が秘密裏に探すことを告げ別れた。
「俺も行きます。」
「ルーク、学校あるでしょう?」
ルークは顔をクシャっと泣きそうな顔をした。
「学校なんてどうでもいい!………サイラス様、俺、最後にレーネに会ったとき、レーネに言われたの。『学校行きたい』って。」
「……………」
「でもね、俺、来るな!って言った。邪魔だ!って、無理だ!って。」
ルークの声が震える。
「レーネ、温泉行きたいとも言ってた……。」
「………それは私も聞きました。」
「ああ……俺バカだ………探さないと……レーネ………。」
サイラスはルークの告白を聴きながら、自分のほうがよっぽど罪は重いと感じた。