13
お久しぶりです。よろしくお願いします。
瞬間、ピーンと結界に刺激が走った。レーネは慌てて岩場の陰に隠れ、涙をぬぐい、反応した方向を見つめた。
「魔獣、オオカミ型ね………。」
レーネにとって敵ではないが、のんびり服を着る時間はない。
(よりによって裸のタイミングで来るかなー……)
過剰な魔力をかけて、魔法一発で殺すしかない、打ち漏らして裸で接近戦なんて冗談じゃない!集中し魔力を集め出すと、魔獣もレーネに気づき、互いに睨みあった。
必要量の魔力が右手に集まり、地熱を利用して燃やし尽くそうとした時、魔獣の足元で何か動いた。
(まだいたのか!?)
レーネは目を凝らした。………確かにもう一匹いた。オオカミ魔獣と同じ姿だがうんと小さく、先の魔獣にまとわりつきミャーミャー鳴いている。
「赤ちゃん!?」
魔獣に子供がいるなんて聞いたことがない。魔獣は魔人か悪意が創り出す〈害〉で、やらなければやられるというのが常識だ。実際レーネの村は魔獣に滅ぼされたのだ!しかし、今、目の前にいる魔獣は……親子にしか見えない。親は子供をかばいレーネを威嚇し、子供は親に構ってほしくてじゃれついている。
(親子なの?)
レーネはこれまで何千という魔獣を殺してきた。
(もしも…その何千の魔獣の中に……〈害〉だけではなくて……子を持つ親の魔獣がいたとしたら……)
(私は………親や子をいっぱい殺しちゃったの?私がお母さんを殺されたように、逆に誰かのお母さんを殺してたの?)
「私は………人殺しと一緒なの?」
「……お母さん………………………。」
レーネの目から光が消えた。
ウダイはアコンにとんぼ返りしてきた。町長から「勇者を再び怒らせて、出ていかせてしまった」という速達が届いたからだ。なぜあと一日、レーネにつきあわなかったのか。ゼンクウを探すためとはいえ、ウダイは悔やんでも悔やみきれない。
町長立会いの下、浴場の番台の話を聞き、ウダイは腹わたが煮えくりかえる思いがした。
「なんと……おいたわしい…………。」
「レーネ様は何もおっしゃらず、今にも泣きそうで………私、どうしていいかわからず、本当に申し訳ありません!」
「勇者様を非難したのは、中級貴族の温泉客でな、一応街に留めているが、会っておくか?」
「いや、会うと抑えがきかなくなりそうだ。名を教えてくれればいい。」
レーネを罵倒した女二人を遠目に見つめ、脳裏に焼き付けてから、ウダイはレーネの宿に行き、浴場より戻ってから出立するまでの話を聞く。すると、思いがけずレーネから手紙が託されていた。封筒の、女の子らしい華奢な筆跡を見て、ウダイは胸が熱くなり、慎重に封を開けた。
『ウダイ様
本日は私のためにお骨折りくださりありがとうございました。
宿泊の面倒まで見ていただき申し訳ありません。
また、日々お忙しく過ごされているウダイ様につい厚かましい〈お願い〉をしてしまいました。
お恥ずかしい限りです。
二つのお願いともに、どうかお忘れください。
ウダイ様の今後の人生に、幸あらんことを。
レーネ 』
ウダイは両手に顔を埋めた。よそよそしい手紙。お兄ちゃんと呼んでくれたかわいいレーネは、傷つき、ウダイからあっという間に距離をとった。おこがましくも兄になる、力になると誓ったにもかかわらず、助けられなかった。
「レーネ様………兄妹の契りはそんなに簡単になかったことにはならないんですよ。勝手なことして……私は身内には厳しいと言ったはずです…………。」
「………最も、その身内を傷つけたものには、もっと厳しいんですがね。」
ウダイはレーネとの出会いから全て、父親であるブリッジ商会の会長に報告している。ブリッジ商会は今後レーネにつく。レーネだけの後ろ盾となる。レーネに刃を向けるものにウダイとブリッジは容赦しない。
(レーネ様、私が探しだすまでどうか、心穏やかに………)
レーネの手紙を額にあてて、ウダイは祈った。