12
宿に戻ると、先ほどの受付が風呂に入ったにしては早すぎる帰りに声をかけてきた。レーネは急用で明朝出立すること、明日町長との面談はできないことの伝言を頼み、先に精算したいと言うと、ウダイが既に支払ってくれたとのことだった。部屋に戻り、ウダイにお礼の手紙を書き、夜明けとともにアコンを出た。
レーネは地質や、地形を調べながら馬を走らせた。
(………意地でも温泉に入らないと戻りたくない………)
誰もいない温泉を探すことにした。アコンの立地に似ている土地を地図で見当つけ、側まで行くと魔力で地熱と水源を探知することを繰り返した。
軽い思いつきであった温泉旅行は今ではレーネの唯一の目標となってしまった。立ち止まること、考えることが恐ろしく、セカセカと動いた。疲れ果てるまで走り、馬の草場のある場所で野営し、夢も見ず寝た。
右往左往して四日目、昔、噴火したと伝わる山の裾野の海岸に湯気が上がっているのを発見し、駆け寄ると天然の小さな岩場に水が湧いていた。手をつけると、
「熱っ!」
かなり高温だったが海水を汲みいれれば適温になりそうだ。舐めるとやはりしょっぱい。
「やったーーーーあ!」
近隣の人里からは遠く離れ、人の踏み入った跡もない。誰も知らない、誰もいない、レーネを拒まない、正真正銘レーネだけの温泉だ。
レーネは馬を休ませて、念のため周囲に結界を張った。海水、と思ったが水魔法で真水を出し、ちょうどいいお湯を作った。
(こんな魔法の使い方バレたらサイラス先生に殺される………)
だが塩で髪がパリパリになるのは嫌だった。
ひとりぼっちのレーネは誰に気をつかうこともなく、勢いよく裸になり温泉に入った。岩場の底は運よく滑らかだったが回りは切り立っている面もあり、タオルを引っ掛けて背をもたれた。コンコンと湧き出るお湯で贅沢に体と髪を洗い全身サッパリとすると、体も暖まり関節のこわばりが取れ………何もすることがなくなり、目の前に広がる海とその果てをしみじみと眺めた。
いつか、海を目指して大冒険しよう!と誘ってくれた幼なじみを思い出した。
(私一人、生き残っちゃって……)
……………レーネの目から涙が溢れた。頰から顎をたどり、湯の中にサラサラと流れて消えていく。
(……バケモノだって……ヒドい………もう誰にも会いたくない…………)
自分の身体を見下ろした。
(………こんな汚い身体、そりゃ誰も近づきたくないよね……)
(………何言ってんの、私……私そもそも、ひとりじゃん……)
レーネは泣き笑いした。旅の仲間三人とは誰よりも深い絆があると思っていたけれども……
(仲間ったって、討伐終わったらそれぞれの居場所に帰る、当たり前のこと………)
(みんな帰る場所がある………待ってる人がいる………)
(私には帰る場所ない………待ってる人もいない………家族も……友達も……)
「ふふふっ……」
(……ウダイさん……男前で優しかったなあ………でも所詮家族ごっこ…………)
「…私って鬱陶しかったかなあ?………みんなにとって……うっうっ……」
(誰にとっても私なんて後回し………優先順位は100番目くらい…?…………)
(……実際、魔王のいない今勇者なんて必要ない。大きすぎる力なんて平時には嫌われるだけだもの。優先どころか余計者……)
(……学も教養もない、何にもできない役立たず………なのに〈勇者〉……我ながら厄介だわ。)
「わ、私……これからどうすればいいのかなあ?」
心に溜め込んだ、声が、ポロポロ、順不同で、溢れる。
「教えて………お願い………助けて………誰か…………ううっ……」
膝を抱え、小さい体をますます小さくして、レーネは声を殺して泣き続けた。
お読みいただきありがとうございます。ムーンにクリスマスの小話を投稿しますので、一週間ほど更新をお休みします。よろしくお願いします。