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ウダイはレーネと連絡先を交わすと、1日でも早くゼンクウの情報を集めたいと日が落ちる前に旅立った。
「手紙、待っててくださいね!」
とウインクして部屋を出ていき、免疫のないレーネはその気安い仕草に悶絶した。
(お兄ちゃんステキ過ぎる!)
私にしては最高の交渉が出来た!と自画自賛した。
一人になったレーネはここ数日の疲れが襲い、トロトロと眠ってしまった。ふと寒気で目がさめると月が高く昇っており、もうすぐ日付けが変わろうという時間だった。
このまま寝てしまおうか?とも思ったが、頭を振って思い直す。この数日の野営で身体中埃っぽいし、髪もザラザラする。ここで寝たら何のためにアコンにやってきたのか!気持ちを奮い立たせて浴場にいく支度をはじめた。
アコンの温泉浴場は街の中心部にあり、全ての宿から徒歩圏内だ。一日中営業しており宿泊客はいつでも無料で入ることができる。宿の受付に温泉に行くことを告げると真夜中だけに心配してくれたが、大丈夫だとウインクしてみせて外に出た。
外はまだ開いている店もあり、思ったよりも明るい。飲み屋からは賑やかな声が聞こえてきて、フラフラと千鳥足で歩く温泉客とすれ違う。街の警備員が巡回し、観光地の夜を安全に守っていた。普段着にフード付きのありふれた防寒着を羽織ったレーネは女とも勇者ともわからず目立つことなく、温泉街の空気を感じながら急ぎ足で浴場へ向かった。
浴場は男女別で女性用の入り口をくぐると眠そうな年配の女性が番台に座っていた。フードをはずし、宿の名前を告げるとハッと息を飲み頭を下げた。
レーネは脱衣所を通り過ぎ、浴室を覗いてみた。手前の両脇に洗い場があり、奥に黄味がかったお湯の満ちた大きな岩風呂と満天の星空が広がっていた。硫黄の匂いが何ともいえず、古傷にしみるかもしれないが効きそうだ、と期待でウズウズした。時間が時間だけに誰もおらず、
(貸し切りだわ………来てよかった!)
レーネはいそいそと服を脱ぎ始めた。
レーネが薄手の下着一枚になったとき、ガラガラガラと引き戸が開く音がして、冷たい風がビュっと吹き込んだ。
(寒っ!)
レーネは裸になりタオルを体に巻きつけて急いで浴場に向かおうとした。その時、入ってきた新しい客と目があった。
風呂場にくるには上等なコートを纏った母娘だった。母親は少し酒が入っているのか目がトロンと下がり、娘は寒かったのかほっぺたが真っ赤だった。レーネはなんとなく頭を下げておいた。
「キャーーーーーーッ!」
娘が突然悲鳴をあげた。レーネはとっさに建物全体に結界を張り、周囲を確認した。
番台の女性も慌てて走って来て、
「どうしましたか?」
と娘に声をかけた。
あちこち見渡したがレーネには何も脅威は感じられない。首をかしげて娘を見ると、彼女は大きく目を開き、
「ひぃぃ!バ、バケモノッ!!!」
彼女の指さした先にはレーネしかいなかった。レーネは何がなんだかわからなかった。
「な、なんでこんなバケモノが温泉にいるのよお!気持ち悪い!こんな気味悪いのとおんなじお湯に入れるわけないでしょう!ここの温泉、何考えてるの!!」
娘はレーネの全身をギラギラした目で睨め付け、顔を真っ赤にして騒ぎたてた。
母親も不愉快そうに顔をしかめ、その視線はレーネの肩に注がれていた。レーネはハッとして、自分の肩を見下ろし、壁にかかった姿見に自分をさらした。
そこには痩せて、汚れてて、髪にも肌にもツヤもなく、タオルから出ている背中も足も傷だらけで皮膚が盛り上がったりひきつれているレーネがいた。さらに左肩は魔獣に噛み切られたことによりエグれ、右腕は脇から手首までヤケドでケロイドとなり色も赤や茶のマダラになっていた。
レーネは自分の怪我や身体の状態についてわかっているつもりだった。魔王討伐より帰還してからずっと動きっぱなしで休みなどなく、身体を誰かに見せる機会などなかった。全身の写る鏡も持っていない。客観的に自分の姿を見たのは初めてだった。呆然とした。
娘を見やるとまだレーネを睨みつけていた。怒った姿も肌は滑らかで白く、髪は金髪を華麗に巻いてレースのリボンで結んでおり、尖らせた唇もピンクでプルンとして、手には傷一つなく、爪には花の模様があしらわれ………ご令嬢は美しかった。
ご令嬢とその母親を番台が何やらなだめているようだったが、レーネには何も聞こえてこなかった。無垢な彼女にとって自分は〈バケモノ〉に違いない。心が悲鳴をあげるのを無視して手早く服を着た。
番台の女性がオロオロと泣きそうになりながら、レーネに話かけようとしたが、レーネは首を振りそれを遮った。
レーネは蔑む視線を送る母娘に何か言ってやろうか?とも思ったが、口は災いの元だと考え直し、足早に浴場を出た。夜空を見あげることもなく、宿までただ走った。