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目の前の男はレーネの目を真っ直ぐ見つめて話す。悪意がないことは防御魔法を展開しなくともわかる。ウダイの言うことは彼の本心だとレーネは感じた。
仲間以外の人間と、サシで話すなんていつぶりだろうかと、ふと頭をよぎった。彼は相手を警戒させないスベを知っているようだ。商人とは皆このようなものなのか、それに、
(ウダイさん、気配消すのうまいけど、実はカッコイイ部類だわ………)
細身ではあるが、しっかり筋肉はついている。ソロバンだけでなく体も使う商人なのか?顔立ちは地味に見せかけている……おそらく敵を作らないように……が、鼻筋が通り、焦げ茶色の目には知性がにじみでている。おしゃべりに見えてムダなことは話さない引き締まった口元。
何にせよ、自分にとっては信頼できそうな相手との滅多にない出会いだと思った。たとえ騙されているとしても、バカな自分が悪いのだ。
「あ、あの、レーネ様…………」
しばらくじっとり注目されていたウダイは居心地悪そうに茶器の位置を整えた。
「ウダイさん、すいません、ちょっと考えこんでしまって。………わかりました。信用しますんで、私を商売に利用していいですよ。」
「そんな!利用だなんて!」
「いいんです。私に嘘さえつかなければ私の名、ご自由にお使いください。」
(………勇者に嘘をつく人間がこの世にいるのか?破滅だろ⁉︎)
とウダイは思わぬ展開に目を大きく見開きつつつぶやいた。
「私にも『お願い』があります。」
「私に出来ることであれば喜んで!」
ウダイは対価を求められたことに逆に安心した。無理難題でないことを祈るのみだ。
「『お願い』は二つ………一つ目はゼンクウの現在の情報を調べてほしいです。」
「〈英雄〉ゼンクウ様の………とりあえずエルフと交易するものをツテで探してみます。難しいですが、全力を尽くします。調査にレーネ様のお名前を出しても?」
「構いません。私がゼンクウについて探しまわっているのは秘密でも何でもないもの。」
レーネは寂しそうに薄暗くなってきた空を見上げた。
「………わかりました。小さいものでも何か情報が入り次第、レーネ様にご報告します。」
「ありがとう……」
レーネは力なく微笑んだ。
魔王との最終決戦の後、ゼンクウがサイラスをゼーブ城に移動させ、力尽き、消えたことは既に周知されている。エルフの国〈ハルキニ〉に帰ったとされているが、彼の国は閉鎖的で、エルフの手引きがなければ入れない。
(ゼンクウ様はレーネ様にとって父親のようなものなのだろう。いまだ生死不明となれば心配で心配で堪らないだろうな……)
(ゼンクウ様の探索は正確性重視だな。真面目で真っ直ぐな勇者様をぬか喜びさせるわけにはいかない)
お菓子を少し、また少しとつまむレーネを見守りながらウダイは誓った。
キリを考えると今回は短くなってしまいました。毎日更新目指してます。よろしくお付き合いください。