霧彦
いい加減な性格が災いして、設定の齟齬が早くも見つかり…遅々として進みません。
頑張ります。
どうか呆れずに、読んでくださる方が一人でもいらっしゃるといいな…。どうか…
謎の後輩、霧彦君について。
「あぶらげずし」って、方言ですかね。
追記(2018・5)
霧彦の挿絵を追加いたしました。
完全なる作者の趣味ですので、ご不要な方は非表示にしてくださいませ。
足が慄えているのを、どうか、誰も気づいていないといい……。
朱は、石段を上りながら眼裏にちらつく蒼白い焔を振り払った。
「あぶらげの君は、朱様のお知り合いなのですか?」
「……君はたまに、随分と古風な言い回しをするね」
頻りと感心して見せると、「母の趣味です」といういたってドライな返答が返ってきた。
彼の母は70年代の少女漫画と古き良き時代劇をこよなく愛しており、時折霧彦が古風な話し方をするのも母親からの薫陶であろう。
「で、あのお狐様は、どの様な方なのです?」
話の矛先を逸らすのに、完全に失敗していた。
「稲荷寿司を作らせたら世界一の腕前の狐さんだよ」
「そうではなくてですね……もっとこう、出自を明らかにするタイプの質問です」
「お母様は白い狐で、お父様は茶色い狐だと聞いたことがあるけれど、本人の色は知らないなぁ。霧彦のご両親は?って…黒でしたね」
「その、小馬鹿にした軽薄さは何なんですか。答えてるようで答えてないのが……こ、こここ…」
「にわとり?」
狡猾と言いたかったのだろう。
「揚げ足取らないでください。……どうせ説明するのが面倒とか、そんな理由なんですよ。どーせ」
不貞腐れたように「先輩はこ、こーこ?こ…」などとまだぶつぶつ言っている。
狡猾という言葉が本当に似合うのは、あの狐のお嬢さんだと思うが、その言葉は何とか飲み込んだ。
霧彦を筆頭に、社の裏山に住む烏達は、神使である朱の眷属である。とはいえ皆、朱と何らかの契約を交わしたわけでもないので「自称」である。容疑者の経歴などにたまに見られる「あれ」である。
この森で生まれた烏の雛たちは、寝物語に親から社の神使の話を聞かされるらしい。徳を積み、厳しい修行に耐え、お仕えする神様がそれを認めてくださると、烏衣と呼ばれる烏の羽根衣を美しい衣に織り直し、仕立て直して下さるのだと。その烏衣を纏い、神に代わって人の願いを聞き届け、さらに徳を積む事で力をつける。それが神使というものである、と。
「烏界のレジェンド」といった感じに言うものも多く、立身出世に目を輝かせる一部の烏達は、少しでも近道がないかと朱への弟子入りを頼み込んで来たりもする。かと言えば、烏衣を手にいれさえすれば神使になれるのだと思い違い、奪いにくる不遜な輩も居るらしいが、幸い朱のところの烏達はいたって呑気である。
烏達は人に化ける事に興味津々で、同年代の烏達とつるんでイタズラばかりするような年頃になると、「自称眷属」の集団である若衆と呼ばれるーー現在は霧彦が若衆頭として一通りは取りまとめているらしい集団の一員として、社の森にやってくる。
若衆の集まりも結構いい加減なものらしいが、そこで先輩烏から、餌場の情報や人に化ける術などを学ぶものらしい。
朱にしてみれば、悪餓鬼生産所のような集まりである。
その問題の殆どの部分は、霧彦にあると行っても過言ではないが……。
化ける事に関しては、霧彦は数十年に一度の逸材で、天性と言ってもいいかもしれない。何しろ人に化けるのが楽しいらしく、年下の烏達をけしかけては問題を起こすのが常なのだ。
日陰すらない真夏の町営グラウンドで、何やら老人たちが元気にゲートボールに興じていたり、春先の葬儀場の駐車場でのライスシャワー込みの花嫁行列や、季節外れの盆踊り大会などは、だいたい霧彦が関わっている。去年の暮れには、枯れたススキのまばらな真冬の河原で、薄着の若者達がはしゃぎまわってバーベキューの火加減を誤り肉を消し炭にしていた。烏達の変化には、再現への無駄な情熱とを感じるが、季節感の連動が著しく欠けているのが玉に瑕なのだ。側からみればほとんどホラーに近い。河原でのバーベキューに遭遇した時は、失礼ながらヒンドゥー教の葬儀か、はたまた壊れた若者達が黒魔術でも始めたのかと疑った。そして、その禍々しさに警察への通報を考えた。
確かに本物の人間の群れの中にいきなり紛れ込むのが彼らにとってはいかに難しいかと説かれれば、致し方ないが……もう少しひっそりと行ったらどうなのか。
そんな文句はいくらでもあるのだが、霧彦はたいそう気立てのいい烏でもある。
そろそろ嫁でも娶る歳になったろうに、そんな気配もなく霧彦は無邪気に朱に絡んでくる。
毎日必ず一度は社務所に顔を出し、買い出しを請け負ったり、掃除をしたりと良く働いてくれる。
既に少年の姿に戻って、甲斐甲斐しく社務所の台所で薬缶に火をかけている姿は、ただただ健気である。
「霧彦はまた大きくなった?」
朱の胸くらいまでだった背丈が、いつの間にやらつむじが見えない高さにまで伸びている。
「母ちゃんが、他所で物を食うなって怒ります」
「そりゃ、そうだろうね。」
彼が大食らいなのは朱も知っているが、小腹が空いたと言っては人の子に化けて、近所の年寄りのところでおやつを貰っているのはあまり良いことではない。
最近の彼の烏姿もなかなかのものだ。あまり、烏から離れすぎた生活はして欲しくない。まあ、すくすくと育つことは良いことだけれど。
その、すくすくと育ち盛りの烏達は、千都世から貰った稲荷寿司を目当てに、境内を所狭しと埋め尽くしている。
千都世はどうやら朱の好物を覚えていたらしい。
溜息をつく暇も、喜べない再開のことも、ひとまず後回しにしなくては。
「で、足りるのかねぇ……お寿司」
あぶらげの君、再び出てくるのは、しばらくかかりそうです