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烏の符  作者: 沼波
千都世
2/26

狐火

おいおい、文章のくどさを解消出来たら良いのですが…。

本編の始まりです。よろしくお願いいたします。

飯テロみたいなの、憧れます。

どこもかしこも、木々の芽吹く柔らかな香りがして心地よい。

そんな昼下がりは昼寝にはうってつけだ。

雨戸を開け放ち、社務所の空気を入れ換えて一通りの掃除を終えたころ、学校帰りらしい中学生たちが境内に集まり始めた。

何人かでやって来ては、楽しそうに喋り合っている。

連休も過ぎた今、そろそろ部活やら何やらで忙しいはずではないか。

このようなところであぶらを売っていてもよいのだろうか。

ふと疑問に思いながらも、それすらも昼寝の良いBGMにして、(あける)は古い畳の上で心地よく寝息を立てはじめた。

たむろしていた中学生たちが、何やら(しき)りと鳥居向こうの坂の下を気にしだしたのには、残念ながら気づかなかった。

しばらくの後、汗ばんだ薄い胸をぼりぼりと掻きながら目を覚ましたが、鴨居の上の時計は随分前から止まっていて、用をなさない。

朱の頬には畳の跡がくっきりとついていたが、それには構いもせず、よろよろと起き出して(たもと)から両切りタバコの包みを探り出す。

南天より少し西に傾いた陽が目を焼いて、室内が闇に落ちる。

手探りで、台所の食器棚の引き出しからライターを取り出すと、埃のうっすらと溜まったプロペラ式の換気扇のスイッチを引く。

一連の流れるような動作が、何とも気怠い。

紙巻に火をつけて、一呼吸するその瞬間、換気扇の軽いモーター音だけが世界のすべてみたいで楽しくなる。


人みたいな事をして、楽しんでいる。


痺れた体を伸ばしていると、外が何やら騒がしくなった。

社務所の引き戸をけたたましく開け放ち、何処を通ってきたのか青草を散らしたような匂いをさせて、熱の塊が走り込んできた。

「センパイセンパイ、なんかいい匂いがする!……ぶわっふ!タバコ、臭いって!」

あまりの勢いに、思わず煙を吹きつけてしまった。

社務所に駆け込んで来たひょろりと背の高い制服姿の少年は、霧彦(きりひこ)という。

もつれた髪の間には、ハコベやらの千切れた葉がいくつもついているから、きっとどこかの草原で昼寝でもしていたのだろう。

穿き古したようなテカテカしたズボンの裾を(くるぶし)まで(まく)っている。

裸足のままで走りこんできたようで、ピカピカに磨き上げたはずの廊下に汗ばんだ足跡がついていた。

赦すまじ。

川向こうにある県立の中学校の制服は黒い学ランで、この気候では大層暑苦しく見える。

下半身の無造作感とはウラハラに、上着の第一ボタンまでしっかり止めているので尚更だった。

「開けた戸は閉める!はい、やり直し」

不機嫌そうな朱の声に竦み上がり、大慌てで玄関に戻って行った。

ぱしんっとよい音を立てて戸を閉めると、先ほどと同じ暑苦しさで戻って来た。

先ほどと同じ姿勢のまま換気扇の下で紫煙をくゆらせる朱に何を思ったのか、霧彦は台所の手前の框のところで、すちゃっと正座して背を伸ばす。

キラキラした目で見上げてくるからたちが悪い。

こういった間抜けた優等生ぶりはどこで覚えてくるのだろう。

「その格好、暑くないの?ていうか、君は匂いなんてわかるのかい?」

思わず聞いてしまったが、肝心なことを聞き忘れていた。

なんで、そんな格好をしてるのか、と。

「もちろん暑いですよ!でもね、暑いなら脱げばいいっていう状況、幸せじゃないですか」

何の事だかさっぱりだが、言わんとしていることはわかる。

「なんだかよい香りがするんです!坂の下から!!」

「叫ばんでよろしい」

いちいちけたたましいのだ。

ぴしゃりと言い切ると、彼は肩をすくめる。

あざとい上目遣いで朱を見上げると、赤い舌でちろりと唇を湿す。

「朱先輩、ついてきてくださいよう~」

 朱は彼から先輩と呼ばれているが、何の先輩なのか、本人が判っているのかいささか怪しい。

ほんのちょっとだけ、仕方ないか、と思ったのを彼は見逃さなかった。

まだ煙の立つ煙草を朱からもぎ取ると、濡れたシンクに押し付け、それから紫煙の煙る朱の袖を引き、半ば抱えるように瞬く間に境内まで引っ張り出してしまった。

相変わらず、朱の事を怖がってるのかナメているのか分からない。

「霧彦、一度確認したいのだけど、君が先輩と呼ぶこの私は一体、何なのかな?」

和装コスプレのニートだとでも思っているのではないか。そもそも、これらの言葉を朱にもたらしたのも霧彦である。

「え、神社(ここ)の神使じゃないですか」

模範解答。

「じゃ、君は?」

うーんと唸ってから、いつものキラキラした目で言った。

「朱先輩の舎弟です!!」

舎弟の意味が分かっているのだろうか。

 上空では、裏山の烏たちが頻りと騒いでいる。

単衣の裾が汗ばんだ足に絡みつく。

うっかり連れ出されてしまった自分に舌打ちする。

朱を連れ出した霧彦は、境内にいるはずの連れの姿がない事に気付いて、慌てて坂下へ走っていってしまった。一人で行くのに何の問題があったのか?訳も分からず引きずり出された挙句の放置。

理不尽とはこの事ではないか。

若い子にはついていけないと、げっそりと肩を落とす。

無意識に袂に手を入れるが、煙草は流しに置いてきてしまった。

坂下から吹き上がってくる涼やかな風には、言われてみれば時折、嗅ぎ慣れない香ばしい砂糖醤油と酢飯の香りが混ざる。

これは、まさに……あれだ。しばしうっとりとする。

そう言えば、中学生たちの姿も消えている。帰ってしまったのだろうか。

社は山の中腹にあって、社の杜はそのまま山に続いている。

鳥居の上からは町内が一望できるのだが、夜景といえば街灯がちらほら見えるだけなので、景色を眺めるなら、川霧に包まれた朝焼けか蜉蝣の飛ぶ夕暮れ時が美しい。関東の片隅の寂びれた田舎町だが、朱はなかなか気に入っている。

参道の向こうは急な斜面になっており、鳥居迄はかなりきつめの石段が続く。

社務所からは見えないので、強い陽を避けながら鳥居のあたりまで降りて行くと、おかしな事になっていた。

境内とは打って変わって、鬱蒼と茂る小楢や樫、楠などの大木が空を覆う。山をそのまま切り開いたようなところで、石段は堆積した落ち葉で半ば埋もれている。ひいやりとした苔沁みた風に甘い香りが混ざり、 坂下から駆け上がってくる。

今さっき降りていったはずの霧彦の姿はなく、苔むした石段の上に黒い塊が転々としているのを見つけた。

それらが一斉に身動(みじろ)いで、朱を見つめた。見知った顔の烏たちだった。

「おまえたち、どうしたの。……霧彦は?」

朱の一番近く、足元でうずくまっていた大柄な烏が、決して可愛くはないが甘えるような声で鳴いた。

いく羽もの烏たちが取り巻くその中に、ぼんやりと白い鬼火のように見えたのが小さな人影だと気付いて、朱は身構えた。

黒い垂髪を肩の上で切り揃えた髪型は、かの有名な麗子嬢のようだが、白い肌とすっとした頬には子供っぽさのかけらもない。どちらかと言えば遊郭にいる、かむろの様な姿である。

白い綸子の着物に火炎紋の刺繍の入った浅黄色の帯を合わせ、ちらりとのぞかせた絞りの帯揚と帯締めの黄色で、全体を白い炎の様に見立てていた。

胸元に覗く筥迫簪(はこせこかんざし)が、木漏れ日を受けて微かに光ると、光物に目がない烏たちは、それに釘付けになった。

少女は、古代紫の大きな風呂敷包みを大事そうに抱えなおすと、朱を見上げた。

細い首筋からのぞいた半襟の赤が、唇の赤によく映えていた。

「若い子ぉらが挨拶に来てくれたみたいやけど、なんや騒がしゅうてね」

赤い唇をしゅっと上げて綺麗に笑うと、乳歯のような青白い歯が覗いた。

簪に目が眩んで、烏たちが暴挙に及んだのかと思ったが、少女は涼しい顔をしている。

どちらかといえば烏たちのほうが暴漢にでも合ったような有様だ。

うずくまったままの烏たちは、じりじりと朱のそばへ移動する……というか、朱の背後に隠れようと後ずさりながら我先にと飛び戻って来た。

どうやら彼女を恐れての事らしいが、状況が読めない。

「お嬢さんに失礼でも?」

霧彦…というか朱の足元にへばりついた烏に目をやると、ぷるぷると嘴を振った。

どうやら彼にもさっぱりの様だ。

『オレのは完全にとばっちりですよう』

彼は雛鳥のように羽を小さく震わせて見せた。情けない。

「挨拶もせんと、すんまへん。兄さんらには悪いことしたな。」

少女の一瞥に、背後の烏たちが震え上がる。

「下のお堂に越して来まして、主のお使いですわ。」

どこかで聞いた事のある、棘のある西の言葉……その口振りに引っかかりを覚えたけれど、気のせいかもしれない。

「大きい兄さんも、おつむが留守になってますぇ」

鈴を転がした様な可愛らしい声で笑うが、年増女のやうに朱に向けた流し目が笑っていない。

背後でいちいちビクついている烏たちの様子がおかしいのか、烏達の反応を見ながら朱漆塗りのぽっくり下駄で危なげもなく石段を登ってくる。

彼女が一歩近づくたびに、烏たちの一団は波が引く様に後ずさる。

朱の一段下までやって来た少女は、蹴上の高さを差し引いても朱の胸のあたりまでしか背丈がなかった。

差し出された大きな包みを、朱は受け取る。

甘い香りに思わず、唾を飲み込むと、霧彦も匂いの正体に気づいたようで『あぶらげ』と小さく呟いた。

「お近づきのしるしに。お口にあうとええけど」

箱の中身がどうやら食べ物のようだとわかり、烏たちは一斉に色めき立つ。

甘い香りとは別に、朱はもう一つ、よく知った香りを嗅ぎ取った。

髪に滲みた、蓬の香り。

「……千都世?」

少女はプイッと顔を背けると「知らんわ、そんなん」と呟く。どうやら当たっていたらしい。

昔馴染みとの突然の再開に、思わず足が震えた。烏達はそんな朱を不安そうに見上げている。

「社務所に上がってゆかれません?お茶くらいしかないけど……」

慌てて言った朱だったが、少女はやんわりと首を振った。

金色の虹彩が、朱を冷たく見返す。

見透かされた気がする。

「また、改めて寄らせてもらうわ」

にべもない。

「あとな、若い子ぉら暑苦しいの、何とかしいや」

ひどい言われようである。

ぽくぽくと下駄音を立てて、軽快に石段を下っていく少女の姿を烏たちと見送ったが、待ちきれなくなった数羽に足元を突かれて我にかえった。

「で、何で君達はそんな姿になってるの」

そんな姿と言われても、もともと烏なのだからどうしろというのか。そんなことを言いたげに霧彦は嘴を尖らせる。見てもわからないけど。

石段で腰が砕けたようになっている烏たちは、千都世の姿が見えなくなると急に元気になったようで、わらわらと朱の足元に寄ってきた。

烏たちは総勢で十五羽ほど。ハシブトガラスとハシボソガラスが半分づつの、奇妙といえば奇妙な群れである。

先ほどまで上空で騒ぎ回っていた数羽も加わっていた。

朱の言葉にそれぞれガラガラと鳴き始めるが、何しろ烏姿のままのためどうにも要領を得ない。

オムツのとれたガキどもが甘ったれているようでもある。

最年長の霧彦が、烏姿のまま、慣れた様子で朱の肩口に飛び乗る。

やはり嘗められているのかもしれない。

「あの子のひと睨みで、化けの羽根毟られた。」

先ほどまで境内でたむろしていたのは、みんなこの烏たちだった様だ。

今時の中学生たちが、こんな辺鄙な神社に集まるはずがない。

いくら片田舎の寂れた街とはいえ、もう少し賑やかなところがあるだろう。

すき好んで集まるのは烏ばかりというわけだ。

「朝から下のお堂が騒がしかったんだって。新しい神使の方が入られたって、母ちゃんが言ってた」

下のお堂とは、社の石段を下りたところにあるお寺さんである。

それで、みんなで集まって様子を見ていたらしい。

暇なのだろうか。

千都世の稲荷寿司ならば、それはもう美味しいに決まっている。

けれど、本当は会いたくなかった。

この世界のどこかで、朱がどこかにいることを、たまに思い出してくれていたら、それで良かった。

手もとの風呂敷包をちょちょんとつついては、しばらく首をかしげながら何やら考えていたけれど、何とも言えない顔つきで霧彦が言う。

『このお包み、何だかケモノ臭い』

何と答えたものやら。

『あ、狐!』

霧彦に賛同する様に、烏たちが「キツネ、キツネ」と、騒ぎ始めた。

こういう時だけ達者な日本語を使う。

霧彦以外、匂いなんてわかりもしなかったくせに。

非常に(かしま)しい。

「そんなら食べんでよろし」

千都世ならそんな風に言いそうだった。

朱の一声で、烏たちの声はピタリと止んだ。

稲荷寿司が食べたくなって頂けたなら、良いのですが。

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