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烏の符  作者: 沼波
千都世
19/26

葉桜

不規則な更新ですが…。

お読み頂けましたら幸です。


滑らかな丘陵には下草が茂っていたが、それほど草丈はなく、いく本もの桜の古木が、青々とした葉を茂らせていた。

兄について樹下に立つと、葉の香りが濃くなる。

「桜の元で死にたいと……そう言っていた古馴染みがいた」

こういう時の白玖の独白は、だいたい長くなる。

「最近の風潮やと、こういうとこにお墓建てたいて、流行ってるらしいなぁ」

「こんな所に埋められたら、花の季節は気ぜわしくて……起き出してくるかも知らん」

懐かしげな兄は放っておいて、千都世は彼なりに、桜に想いを馳せた。

「桜餅食べたいなぁ」

甘いものは苦手な千都世だけれど、沙珠の特製道明寺桜餅には餡が入っておらず、塩漬けの桜の仄かな塩気が絶品なのである。

帰ったら沙珠にねだろうと考えていた千都世は、一本の古木の陰から顔を出す小さな黒い塊に気づいた。

「なんや、小さいニャンコがおる」

「残念ながらニャンコじゃない」

隣に立つ白玖に気づいてか、木陰から転がり出てきた小さな塊は、瞬時に妙齢の女性の姿になった。

「白玖さま!」

しなだれるように白玖の胸に飛び込んだそれは、擦りつかんばかりに兄の胸元に顔を埋めている。

「えええぇ……これ、姐さまに言えへんやつ?」

白玖は、千都世の声には見向きもしない。

「しばらく見ないうちに随分と綺麗になった」

腕の中に抱き込んだ女性の髪を、娘にでもするように愛おしげに撫でている。

黒髪に混じって、金色の髪がいく筋か混ざった不思議な髪色だった。

「白玖さまの久しぶりは、気が遠くなります」

その言葉に強く頷いていた千都世を、興味深そうにまじまじと見つめる二つの瞳は、金色かかった見事な碧緑である。

「やっぱりニャンコやんか」

瞬時に白玖の傘が後頭部に見舞われ、千都世はその場にうずくまった。

(あずさ)にございます」

頭上から降ってきたその声は、少し掠れて甘く滲む。

「どうも」

「千都世という。私の年の離れた弟だよ」

白玖の言葉に得心したようで、

「伏見におられた頃に、よく遊んで頂きました」とまなじりを下げた。

「ん?」

ピンとこない顔をした弟に、会ってるかもしれないけどなぁと、白玖が続ける。

「ほら、沙珠が一時期可愛がってた仔がいたろう?寒いのはかなわんとか言って、行火(あんか)代わりにしてた子猫」

「ええぇ。鼈甲(べっこう)かぁ!いつのまにかおらんくなったし、沙珠が食うたんかと思うてたわ。お前、化物(けもの)やったんやなぁ」

沙珠の後を追って転げ回る小さな錆色の塊が思い出された。鼈甲みたいな色をしていたから、千都世はそう呼んでいた。

化物と言うのは、妖力を持ち、本来の寿命からはかけ離れた長い寿命を持つ獣の総称である。千都世が伏見にいる頃に子猫だったという事は、千都世ともそれ程歳は離れていない事になる。したがって、ただの化物としても長生きの部類に入る。

そして、そういうの(・・・・・)は、だいたい変化も得意なのだ。

「沙珠さまはご息災ですか」

梓の見上げた先の白玖の顔が、ほんのひと時強張った。

「元気にしてる。まだ、千都世の面倒見るのに忙しいけどね」

「何やの、人を大きな赤ん坊みたいに」

「千都世さまは…何だか大きくなりましたね?」

隣で白玖がにんまりとわらう。

「それが見せたくて」

それだけのために、着物をひっぺがされたのだろうか。

結局千都世は、ジーンズと黒いジャケット姿である。しかも珍しく女装していない。

梓は、目を細めて眩しそうに千都世を振り仰いだ。

「白玖さまによう似ていらっしゃる」

「自慢の弟だもの」

「……せやから、このかっこしいひんのに」

二人の重なった声は青く湿った風に吹き散らされた。

「梓、預けていた物を返してくれるか?」

白玖の声に、梓がびくりと身をすくませる。

千都世に向けられた瞳に、怖れのようなものが混ざった。

「荷物持ちってこと?」

そのために、兄は自分を呼んだのだろうか。

違うことくらい、千都世にもわかる。

兄の動向が、どうにもきな臭い。

「沙珠さまに、お赦しをいただいていません」

「あれの赦しは要らない」

「でも、沙珠さまからお預か……」

「私が預けたものだろう?」

遮るように強く割って入った白玖の声に、梓は震えながら頷いた。

「お……返しします」

ふわりと変化を解くと、小さな鼈甲色の猫は走り去った。

「めっちゃ怖がられてるし」

「怒った沙珠の方がだいぶ怖いのではないかな」

「……しらんわ」

「君は沙珠に怒られたことがないのかい?」

「ないなぁ」

「それは、幸い」

応えてから、そうでも無いことに気づいたが、黙っていた。聞かれても邪魔くさい。

「なぁ、預けてた物って何なん?」

「見たらわかるよ」

「そういうんやなくて……」

何でここに連れてこられたのか、さっぱりなのだ。そんな苛立ちもどこ吹く風で、捨て置かれた石の小山に腰をかけ、白玖は話始めた。

「昔ここに、井戸があってね。で、もう少し先にももう一つ井戸がある」

「……兄貴?なんかおかしいことになってるん?」

話の要点が掴めない。

「最後まで聴いてほしいんだけどね。まぁいい。で、ここにあった井戸は昔、おりょうという女が住んでいた。ちょっとした事故で長い寿命を得てしまったために、一人でここで暮らさざるを得なかった。で、この先にあるもう一つの井戸は竜宮に繋がっていたと言い伝えがあってね」

「て言われても」

きょろきょろと、辺りを見回すが、井戸らしきものは見当たらない。

「こんな山の中じゃ海も何もない、と思うだろう?」

「てか、その、長い寿命の女って、知り合いなん?」

「まぁ、知り合いではあった、かな」

今はもういないよ、とつづけた。

そのまま、その話はなんのオチもなく終わった。

梓が帰ってきたのだ。

再び人型に落ち着いた梓は、一つの荷物を両手で抱えていた。

大きな油紙で何重にも巻かれたそれは、外皮を梓の手によって一枚一枚剥がされ、姿を現した。


黒光りした、小さめの葛籠(つづら)


これを、どこかで見た。

何処だったのか、思い出すまでもなく、それの持ち主を千都世は知っていた。

「何で、兄貴が持ってるん……」

梓によって、葛籠はそっと千都世の前へ置かれた。

それは、朱のいる社務所の部屋の隅に置かれていたものと、寸分違わぬ形をして、そこにあった。

ただ、違うのは、葛籠の蓋と底の部分に跨ぐように、書き損じの紙のようなものが貼られていた事だ。

その和紙の残骸……は、何者かに開けられたのか、破られていた。

決して重くないその葛籠を、千都世は座り込み、膝に乗せた。

紙の表面に残された墨の跡を、指で辿る。

千都世もよく見知った図案である。

起請文(きしょうもん)


それは、「烏の符」だった。



やっと、烏の符が出てきました。

でも、まだまだなんです…


今回、白玖の話に出てきた井戸ですが、どちらの井戸も近年まであったのですけど…

信憑性はともかくとして。


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