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烏の符  作者: 沼波
千都世
18/26

兄弟

なかなか進まない話を、何とか進めようという努力はしております。

頑張ります。

お付き合いいただけると幸いです。

暗い。

窓のないお堂の中には、実物とは似ても似つかない|姐様〈ダキニ〉の写し身が、白い木彫りの狐とともに鎮座ましましている。

「可愛いらしぃてええやんなぁ……」

姐さまは気に入らない口ぶりだったが、ふっくらとした身体つきと、白い肌に黒い髪が御所人形のような雰囲気で愛らしい。

呟いた千都世は、丸っとした荼枳尼天の彫像の頬にそっと手を這わせた。

白い胡粉の、水気を含んだような冷たさが、何しろ姐様とは違う。

「姐さまのは、なんやろ……(ぬく)めた薬缶に手ぇ当てるみたいな……」

「いヤぁラシぃなぁ…」

木彫りと思っていた白い狐がゆらりと動いたので肝を潰した。よく見れば、相変わらずの狐姿で舌の回らない白玖であった。

思わず垂直に飛び上がった弟を尻目に、白玖は澄ました顔でひんやりとした床にぺたりと寝そべる。振袖用の襟巻きみたいな豪奢な三本の尻尾を、ゆるゆると、しかしそこはかとない苛立ちを表すように、床に叩きつけている。

そもそも、普段は姿も表さない兄が、獣形とはいえ、目の前にいる事が不思議だった。

姐さまのいうように、豊川で何か障りでもあったのか……。そんな思いも裏腹に、千都世は白玖に、爪を立てる。

「何や…白髪、また増えたなぁ」

弟の……というか妹というか……の、ゴミ屑でも見るような眼差しに、さすがに苛立ったのか、瞬きの間に白玖は姿を変えた。

「あほか。もともと白や」

それが、声をあげる。

抜けるように白い肌の女が、足元に寝そべっていた。

千都世とよく似た、ただし千都世よりも更に棘も癖もある顔立ちで、性格もきつそうであった。誰もが美人と言う顔つきではないのだが不思議と目を引く。

しかし、よくよく見れば男である。

中性的な身体つきであるのと、かなり痩せているため、背はそこそこ高いのだが小柄に見えるのだ。

そして、たいそう肌が白いので、暗がりの中でぼんやりと光を放っているかのように見える。

人目をひくのもそのせいかと言えば…それだけではないけれど。

崩した襟元から覗くのは、薄っすらと筋肉のついた胸板で、肋が浮くギリギリの肉付きである。鈍色のぬらりとした光沢のある大島を浴衣か何かのように引っ掛けている。かろうじて襦袢は着ているようなのでなんとか堪えるが、少し動けば汗ばむ季節にどうして大島を選んだのか、納得がいかない。そんな姿でそんなところに寝転ぶなと蹴飛ばしてやりたくなった。

女と見間違えたのは、長く背に垂らした黒髪と長い睫毛に縁取られた金色の瞳のせいだろう。男というには(なまめ)かしすぎるのだ。

久方ぶりに見る兄の姿に、思わず目を眇める。髪の色を変えている以外は、ほぼ実体と違わぬ姿は、ほぼ半世紀ぶりに見る姿だった。

それにしても…。

「なんか、見るたびに痩せてはるなぁ」

心配も半分、つい口に出したが、すぐに後悔した。

相手の引き結ばれた口角が、さぞ満足げにニタリと上がったからだ。

「なに……心配でもしてくれてるの?」

ちろりと眼差しを上げ、千都世を流し見る。

その仕草、眼差しにいちいち華がある。

隣に並んで支障がないのは姐さまくらいだろうと思う。

綺麗だとか美人だとか、そういう類のものではない。

気に触る。

苦い思いに浸りそうになって、千都世は慌てて顔を上げた。

そういえば。

「兄貴、なんか拗ねてるん?」

白玖は猫のように目を細めると、口角を綺麗に上げて微笑む。

「暫く会わずにいたら、随分と生意気なことを言うようになった」

しきりと感心している。

「揚げ足取らんでいいから。なんやの、話があるんやろ?」

姐さまに内緒の話なら、お堂の中では筒抜けもいいところだ。それを知らぬ兄ではないし。

暫く胡乱な目で千都世を眺め回していた白玖は、億劫そうに立ち上がると、わざとらしく千都世を見下ろす。

「お前さんね、いつまでそんな格好をしているつもりだい?すぐに着替えておいで」

いい歳をして……などと余計なことを言って、ぺしぺしと頭を叩くのも忘れない。

急に江戸っ子みたいな話ぶりになったのも気に障る。

「んあ?なんで着替えなあかんの」

「出かけるからに決まってるだろう?」

「どこへ?このままで行けないとこ?」

いい歳をした男兄弟二人でふらふらするよりも、この姿の方が華があっていいと思うのだが、どうも兄はこの姿を嫌う。

千都世は、可愛らしい錦鯉が散りばめられた薄蘇芳の木綿地の着物に、萌葱と香色の市松模様の半幅帯を文庫に締めている。

家事手伝い擬態用の春バージョンである。

派手な襦袢を壊して作った襷の赤が差し色で、だいぶ可愛く仕上がっている。

年の頃は、十四、五歳といったところ。

くど過ぎず、控えめにしているつもりである。白玖の前では添え物のようにしか見えないのは分かりきっているが、今の自分は十分に愛らしい。はずだ。兄を仰ぎ見るように、胸を張るが……。

白玖の瞳が煌めいたかと思うと、いつのまにか千都世は()の姿に戻されていた。

「ぎゃっ」

嵩を増した臓腑が、帯に絞り上げられる。

潰れたカエルのように叫ぶと、千都世は慌てて帯を解き、襦袢の紐までも緩める。

急に成人男子の体型に戻されたので、腰帯が身にくい込んで千切れそうになったのだ。

「そんななりして、可愛らしいも何もないでしょう」

薄く赤らんだ腹を摩り、半泣きの程の千都世は、いつの間にか目線の下がった兄を見下ろす。

「なんなん?機嫌悪いん?」

弟の余分な一声に気分を害したように、

「君のためを思えばこそ、だよ」

何やら得心顔である。

「この格好で姐様に会いたないのに…」

そうでなくても酷い姿だ。

ぶすくれる弟には目もくれず、白玖は再び姿を変える。

息もせぬ間にそれらをやってのける兄には、千都世の苦悩は分かるまい。

なぜだか千都世には、普通の狐狸妖怪の類が得意とする変化の術がかけられない。そもそも白玖達が行なっている変化とは、本体の形を変えるわけではなく、あくまでも見えている視覚情報や、その他の知覚情報を操作することによって行われている。

厳密にいえば、白玖やダキニはまた別の方式らしいのだが。

一方千都世はというと、自分の姿形を変えてしまう事で変化……というか変形しているのだった。

もちろん変えられるのは自分の身のみであり、その時に着ている着物などは変えられない。いちいち着替えないといけないのが面倒である。

白玖はもちろん中身も外の着物も瞬時に変化する。

半人前の千都世と違い、着物にも気を抜かない。

いつのまにか着崩れた大島をすっきりと着直し、黒の羽織を羽織る。

長い髪はあまり高くない位置で後ろに括り、何故か黒い蝙蝠傘をステッキのように構えていた。

「どこに行くかくらい言うてくれてもええのと違う?」

苛ついた金の瞳が、僅かにひそめられ、思わず後ずさってしまったのが悔しい。

「私は、その格好で簀巻きにして連れて行ったっていいんだよ」

「それだけは絶対にいやや」

半泣きで元の姿に戻り、堂を出るところで、白玖が声をかけた。

「たまには可愛い弟と出掛けたいものだねぇ」

なんとか庫裏に戻った千都世は、ダキニが構うのも何とか躱して、自室に逃げ込んだ。

畳の上には、先程まで借りていた朱の単と、先日の土砂降りの際びしょ濡れになったスキニージーンズを干しておいたものが、畳まれてあった。

男物の着物など殆ど持っていないので、着物で行くなら朱のものを借りなくてはいけない。

一瞬躊躇ってから、黒っぽいジーンズの方に手を伸ばした。





新しくヒト型で現れた白玖兄さまですが、外面にも中身にも実在のモデルがいます。

あくまでもモデルなので、かなりだいぶ違って来ています。

ちなみに、外面の方は人ではありません……。

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