表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
烏の符  作者: 沼波
千都世
17/26

白兎

久々の投稿となりました。

またしばし、お付き合いいただければ幸いです。


追記(2018・5)

挿絵を追加いたしました。ご不要の場合は、お手数ですが非表示設定をお願いいたします。

挿絵(By みてみん)


あの日、冷たい土の中から見上げた顔は、月明かりに邪魔されて見えなかったのだ。

そう、言い訳した。




風が早く、雲は忙しなく姿を変え月に纏わりつく。ふと影が射したと思い顔を上げると、すでに光はなく、寝静まった山がひたすらに黒く迫る。

鳥居を少し出たところの石段に腰掛け、闇の中、目を凝らす。

何者かの幽かな気配を、手繰り寄せるように。

夜目は利くほうなのに、坂下の影が思う人なのか、それとも木の影なのか、狐が化けた何かなのかは判別がつかなかった。

とはいえ、茜は誰かを待っている、というわけではない。

境内に一つだけの、時代遅れの蛍光灯は薄暗く、雲間から時折覗く月影のように朧に灯る。

段下にそっと降ろした足先に痛みを感じ、茜は顔をしかめた。

境界がそこにあるのだ。

神使であった頃は、決して感じなった結界。

神域へ、不浄のものを入れないための装置。

茜には、何の枷にもならないはずのその仕掛けが、今は茜にとっての檻となっていた。

ここから出てしまえれば……。

そっと伸ばした指の先が、僅かな痛みと共に蛍火のように碧く光った。

「茜殿、そのようなところに座っておっては、身体に障りますぞ」

古式ばった古臭い物言いには、覚えがあった。年齢不詳ではあるが意外に良いその声は、何故か脚元の石段の方から聞こえた。

茜の脚のその先に、ちんまりと白いふわふわとした塊が擦り寄る。

それは、乾いた苔のこびりついた石段を、何とかかんとかよじ登ると、茜の横に澄まして腰を据えた。

赤いはずの瞳が、茜を見上げる。

白桜(はくおう)さま」

茜は、その白い餅のような毛だまりを、掬うように抱え上げる。

じたばたともがくように動く手足は、ぬいぐるみのようで、茜は口元を綻ばせた。

膝の上に抱え上げると、何やら兎は唸り声を出す。

「いや、これは……なかなか」

柔らかな太ももの感触に我を忘れたようで、真っ赤な瞳を暫し細めたが、はたと自分の使命を思い出したようだ。

「茜殿、お探し申しておりました」

小さなため息が茜の口から漏れる。

「もう、ご存知なのね?」

「朱様には何も申し上げてはおりませんぞ。ただ、主人(あるじ)に嘘はつけませぬ」

「そうね」

「月下の君より言伝(ことづて)が……」

言いにくそうにもぞもぞとしている兎を、そっと撫でる。

今になって、なんだというのだろう。

一つだけ思い当たる節があったが、口にしなかった。

夜風はまだ冷たく、茜は心許なげに肩先を撫でた。兄のものとは違う、薄い肉のついた二の腕は、浴衣の下で冷え切っていた。

「お寒うございますか?」

そう聞いた当の兎の方が、よほど震えている。

「ありがとう。大丈夫よ」

「主人はどうにも、貴方方への執着が強すぎます」

報われぬ想いを抱えるのはあの方も同じと、いつか茜は白桜に言ったことがある。

「白桜さまが気に病むことはないのに」

会いたくないと、言わずとも白桜にはわかるのだろう。

「主人は、お会いしたいと…」

兎は赤い目を潤ませて茜を見上げる。

白桜の主人の「会いたい」は、茜のそれとは違うから。

どうして、今なのだろう。

「いずれ、主人は茜さまの元へおいでになりましょう」

今更会って何とする?

茜は、知らぬふりで首をかしげる。

「今晩は、気に入りの(よりしろ)の青年が具合が良くないようでして……別のものに仮宿り頂くにしても、私では此方までお連れできませんのです」

「気に入りだなんて、妬けてしまう」

嫉妬など微塵も感じさせない声で、茜がころころと笑うので、膝上の兎は首をすくめた。

「それが、そのぅ……」

やはり、と思った。

「見つかっちゃったのね?」

「……はい」

「あの子にしては迂闊よね。今は……なんて言ったかしら」

「瞬一朗様です」

「朱なんて、こんなに近くにいても全然気づかないのにね」

「朱様は、いつも迂闊でいらっしゃいます」

「……そういえばそうね」

「いえ、あの……そう、主人がそう申しておりました」

答えの代わりに、柔らかな毛に触れる。

膝の上の暖かな毛玉は、しばらく黙ってされるがままになっていた。

時折月が隠れると、膝上の兎はふわりと透けるのだが、どうやら今夜は天気がこれ以上崩れるということもないらしく、なんとか形を保っている。

本当は知っている。月読が欲しがったのは、茜でも、ましてや茜の烏衣などでもなく、昼の陽なかに出歩くことのできる朱の身体なのだ。それがこんな事(・・・・)になっていると知って、さぞかし気を落としたことだろう。

朱も茜も、月読にしてみれば出来損ないである。

茜はこの社から、一歩も出る事が叶わない。烏衣を使って元の姿に戻りさえすれば簡単な事なのだが、茜はその烏衣を無くしてしまったのだ。

そして朱は、烏の姿への転身を主人から禁じられている。

烏から羽を取り上げれば、何も出来ないのと同じである。

月読はもう、瞬一朗を見つけてしまった。

自分に良く似た、身に馴染む健やかな身体。

月読が茜に執着する唯一の要因は、それだけだ。

「あの子はどうしてるの?」

しばらく黙ったままだった白桜は、長い耳を撫でる茜の手に目を細めながら、ようやく口を開いた。

「千都世様にいたくご執心のようです」

「……」

ぽかりと口を開けたまま固まった茜を気の毒そうに見上げると、白桜は一つ小さなくしゃみをした。

「今夜は冷えますな」

「千都世って……」

「たいそう可愛らしいお姿をされておりましたからな」

それは良く知っている。でも。

「千都世は……」

「私も先日、主人の使いで庫裡へ伺った際、確認いたしました」

すまして白桜が言う。

確認て、何だ?

「憎っくきは、あの野狐め……我が主人を差し置いて、瞬一朗様を手玉にとるとは。いつか、我が白き(やいば)の錆にしてくれます」

何かを思い出したのか、白桜は眉間にしわを寄せた。たいそう白熱した台詞であるが、それ以外の表情は全く変わらない。

ふわふわ白兎は、しばらく悔しげに地団駄を踏んだ。

いつの間にやら野狐呼ばわりだし、白きヤイバって前歯のことだろうか。

「あなた、いつか千都世に食べられてしまうわよ?」

冗談ご化して白桜に言ったが、改めて瞬一朗のことを思った。

あの子もぼんやりしていたら、千都世に食べられてしまうのではないか。

「……茜殿、千都世様は雌にしか興味がないお方ですぞ」

何をもってそう言い切るのか、茜は途方にくれた。当の千都世(ほんにん)が知ったなら、想い人のあまりの無神経さに打ち沈むであろうが……気の毒な狐である。

「現にあの野狐……失礼……千都世様は、我が主人に見向きもなさいませんから」

茜は、月面のように冷たく怜悧な月読の(かんばせ)を思い出した。

「白桜さま、それ、よく分からない理屈です」

「月下の君は、たとえ男の身であれど、心惑う美質をお持ちですからな」

それに見向きもしないから、瞬一朗程度には興味はないと言いたいのだろう。

「でも、あの子は朱によく似てるもの」

ああ、と白桜が呻いた。やっとその事実に思い至ったらしい。

孫だったか……それとも曽孫か玄孫か、何代裔の子であったか数えるのもとうにやめてしまったが、確かに自分の血を引いた人の子に想いを馳せた。

「みんな、あの顔に弱いのよね」


なかなか更新できずにおりましたこと、反省をしつつ…

隔週更新を目標に頑張ります。

リハビリ兼ねて少なめの再開です。

次回は、狐ターンです。

よろしくおねがいいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ