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懐刀とラブソング

夜中にカッとなって書いた見切り発車の極み漢。

 ゴトゴトと馬車に揺られながら目を閉じていると、歌が聴こえた気がした。


 別に他意など無く、ただ好きだから、と昔に良く聴かされた恋の歌だった。

 澄んでいて、凛と張りつめた懐かしい声。昔は散々聴かされたので「またかよ」といった感じに特に気にも留めていなかったが、何年も離れていると、彼女の声が好きだったのだな、と思い、諦めたように男は頭を横に振った。


 もう、彼女の歌は聴く事など出来ないのだから、と。

 

 それでも歌が聴こえた気がしたのは、それはおそらく、実に数年ぶりに故郷の街へと近づいている事で、色々と感傷的になってしまったのだろうと思う。


 騎士になる為に故郷を出たのが……かれこれ7年前。その間、学校を出て無事に騎士になったり、初陣で戦功を上げたり……負傷したり。故郷を出た時にはこんな事になるなんて思いもしなかったが、15歳で故郷を出てから、なんやかんやで7年も経っているのだ。歴史だけが取り柄の古い小さな街の小役人の息子が、騎士を経て一国の王子様の懐刀になっているぐらいだ。変わる物は変わる。変わらない物は記憶の中ばかりだ。それが少し寂しくもあり……そして、今回に限ってはありがたい事だと思う。

 なにせ、聴く事が出来なくなった歌にこうしてまた耳を傾ける事が出来るのだから。


 記憶の中の幻に過ぎないその歌に身をゆだねていると、ふと肩のあたりを軽く叩かれた。目を開くと、鮮やかな金色の髪をした若い男が紙を投げてきた。こちらをからかう様な、随分と慣れてきたやり取りだ。


 「ハロルドが僕の前で目を閉じて笑うなど珍しい。故郷の思い出かい?」


 主君からのそんな気安い仕草に憮然としながら紙を開くとそのように書かれていた。揺れる馬車の中で書いた所為か、やけにその文字はブレている。多少の不調法にバツが悪そうに再び憮然としながらも、ハロルドはゆっくりと首を縦に振る。そしてそのまま謝意を示すために深く頭を下げた。


 目の前の青年――この国の第三皇子という身分を持つ主人には本当に頭が上がらない。多分、騎士学校卒業後に、軍務経験の為に騎士隊に所属していた彼と同僚になった幸運も、今の状況に深く関わっているのだから。


 「まあ、今回は地方都市の慰問という事で、半ば休暇みたいなものだから、気にすることは無いさ。流石に居眠りされると困るけどね」


 皮肉に次ぐ皮肉。続けざまに投げられた紙に書かれた文字に目を落とし、滅相も無いと愛嬌たっぷりに見えるように無言でかぶりを振る。声が出ないわけではないけれど、今となっては言葉を口に出すことも怖くなってしまった。その仕草を見て、王子も笑い出すが、その笑い声はハロルドの耳には届かない。本当に笑い声をあげているのか、それとも笑う仕草をしているだけなのか――それすらもわからない。


 夢から覚めると相変わらずハロルドの世界に音は無い。それは全て、かつて王子と共に騎士として臨んだ戦場で失ってしまった物だ。

 それでも、耳が聴こえずとも、と側近として能力を買ってくれた主君がいるし、騎士をやめる事を否応なくされ戦場から離れたとしても体と頭は十二分に動く。こうして公務にかこつけて久しぶりに故郷へと無事帰る事も出来た。

 日夜管理しているスケジュールを確認すると、かなりの自由時間が出そうなので、もちろん、家族や彼女らをはじめとする古馴染みたちとも会えるだろう。もしかしたら、この王子の事だから、街を案内しろというかもしれない。それは既にスケジュールに組み込み済みだ。


 どんな顔をするのだろうか。聴力を失った事は知らせていない。ただ、負傷して騎士をやめたとだけ伝えた親不孝者でもある。そういう意味では顔を合わせづらいともいえる。

 あと言うなれば、そろそろ結婚しろと言われるのも……まあ、それは手紙でも散々言われている事なので今更なのだが。


 それでも会いたい人たちがたくさんいる。故郷には戻りたくなかったわけじゃないのだ。

 両親は元気だろうか、近所の悪ガキ共は少しは大人になったのだろうか……少し短めだった彼女の髪は伸びたのだろうか。もしかしたら結婚して子供の一人や二人はいるかもしれない。そんな便りは届いていないけれど……。


 だが、それでも、どうあっても――。


 故郷の喧騒も、散々笑いあった団欒も、実は好きだった彼女の声もーーそして、その声で紡がれた、どこか微熱を帯びたような懐かしいラブソングも、今はもう聴こえない。

 

短編にすべきだったか悩み中。

ラブソングが題材なので切ない所で切って余韻を、と思うし、折角ならば独白に近い形じゃなくて、ヒロインと再会するところまで書くべきかとも思う。

要は悲しい恋歌がいいのか、報われる恋歌がいいのか……見切り発車な物で。

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