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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル2.あなたを不幸にする覚悟
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7.悪魔は悪魔のやり方で

 ラントの悲鳴が聞こえたけれど、今は気にしていられない。

 兄の口内に残るハニィの魂を、必死に舌で追いかけた。


「ん……むぅっ」

 舌先にとらえた魂を、何とか絡めとろうとするけれど、なかなかうまくいかない。


 苦戦をしていると、兄のほうから、ハニィの魂がわたしの口内へ押し出されてきた。


「む、んぅっ!」

 後頭部をきつく抱き込まれて、今度は兄のほうから舌をわたしの口内に押し込められる。ハニィの魂が、甘いあぶくのように、じわじわとわたしの口内で溶けていく。


 兄を引き離そうにも、手に力が入らない。


「あ……!」

 こくん、とついにハニィの魂をわたしは飲み込んでしまった。


 それを確認して、兄の唇がようやくわたしから離れてくれる。


「リリ?」

 震える声で、ラントがわたしの腕をつかむ。


「ハニィの魂……」

 次の瞬間、わたしの背中に、大きな白い翼が生えた。


「良かったな、妹よ。念願の翼だ。ペガサスの魂は特別だからな。簡単に消えることはないだろう」

 唇を舌でなめて、兄が言った。


「そんな!」

 わたしは体中から血の気が引く。

 こんなはずじゃない。

 ハニィを助けたかったのに、わたしがその魂を奪ってしまうなんて。


「リリ……」

「リリちゃん。もう、いいんだ。得体の知れない悪魔に魂を奪われるより、良かったよ」

「そうよ、リリちゃん」

 クラウスさんとユーナさんが、やさしく言ってくれる。


「でも……」

 背中の翼が震えた。

 生気を失くしたハニィの体が、すぐ傍に横たわっている。

 声も上げず、キイスさんが涙をこぼしている。


「でも……」

 もう、どうにもならないのだろうか。

 ハニィの死を、受け入れるほかないのだろうか。


「……ひとつ、試してみる価値のあることならば、ある」

 わたしの腕を掴む手に力を入れて言ったのはラントだ。


「え?」

「ほう?」

 愉快そうに目を細める兄を、ラントはきっと睨みつけた。


「リリが魔界から戻ってきてからこっち、リリが魂を食べた際にはみ出る花等に関して調べていたんだ」

「うん……」

 実験台にされていたわたしは、それを一番良く知っている。


「まだ、くわしい仕組みまでは分かっていないのだけど、これは、リリが消化しきれなかった魂が体に収まりきれず、はみ出したものだと思う」

「そうだな。特に、未熟な悪魔はまだ魂の取り込み方が分からず、よく体からはみ出してしまうのだ」

 兄が肯定を示して頷く。


「魂は形を持たないものだ。それが、こうして目に見える形をとったのは、リリの魔力と反応してのことか、魂自体が、まだこの世に存在しようとするために形をとるのか、答えは出ていないのだが……」

 ラントが、そっとわたしの翼にふれる。ハニィの翼とそっくり同じ、白い翼に。


「つまり?」

 何を言いたいのか、と先を促すように兄が顎を上げた。


「つまり、これはハニィの魂の欠片だ。これをリリから離し、肉体に戻せばまだ可能性はある」

「!」

 視線が、ラントに集まる。


「しかし、ハニィ様のこの毒に冒された体では……」

「何でもいい。依り代を用意するんだ。おそらく、似た形のもののほうがなじみやすいと思う」

「わかった」

 頷いて、クラウスさんとユーナさん、それからはっとしたように、キイスさんが続いて厩舎を出て行った。


 厩舎には、わたしとラント、悪魔の兄が残される。そして、動かなくなったハニィの体。


「で? 肝心の我が妹からそこのペガサスの魂を切り離す方法は?」

 答えを予測した顔で兄が言った。


「……お前に、頼みたい」

 悔しそうな声でラントが言う。

 魂を分けて移動できるのは、わたし自身で実証済みだ。


「ほう。それで、俺に何かメリットは? お前の魂でも食わせてくれるのか?」

「お兄ちゃん!」

 ラントをかばうように、わたしが前に出る。


「ああ、食わせてやるよ」

 しかし、ラントはわたしの肩を押し、背中に回して言った。


「ラント!?」

「持ってきました! これを使ってください!」

 ばたばたと足音がして、キイスさんたちが戻ってくる。


 わたしと兄の視線がそちらにとられた瞬間に、わたしはラントに口づけられていた。

「……っ!」

 押しつけられた唇は、すぐに離れて、かすかに触れながら、言葉を伝える。


「でも!」

 反論を塞ぐように、ラントの唇がまたわたしに重なった。


「頷け。主人の命令だ」

 嫌だ、とわたしは首を振ったのに、ラントはわたしの頭をおさえて、無理やり頷かせた。


「よし、いい子だ」

 そのまま頭を撫でて、笑う。

「ずるい、ラント」

「言ったろう? 僕は悪い魔法使いになってやるって」

 言って、ラントはわたしに背を向けた。


「依り代は?」

「これです」

 状況に置いていかれていたキイスさんたちは、我に返って腕に抱えたものをラントに差し出した。


 ほぼ等身大に近い、ハニィのぬいぐるみだ。


「私の抱き枕でした」

「変態だとは思っていたが、こんなものを隠し持っていたとは……」

「役に立ったのだから、良しとしましょう」

 肩を震わせるクラウスさんを、ユーナさんがなだめた。


「よし。頼む」

 ラントが頷いて、兄に目を向ける。


「やれやれ。人間の傲慢にはほとほと呆れる」

 兄は肩をすくめると、わたしの肩をつかんだ。

「……」

 わたしは、兄を見上げる。

 端正な顔は、冷たくわたしを見下ろす。その無表情は、怒っているようにも、笑っているようにも見えた。


「命を、そう易々と操れると思うな」

「はい」

 わたしは短く頷く。


 それがどんなに許せない、理不尽な死だったとしても、わたしのわがままでそれを蘇らせるなんて、人の領分を越えたことだ。傲慢だ、という悪魔の言葉を否定できない。


 わたしに命を救われた弟が喜ばなかったのと同じように、ハニィも決して喜ばないかもしれない。

 だって、体は失われて、代わりに与えられるのは、キイスさんの抱き枕なのだ。


 わたしは、間違ったことをしているのかもしれない。それでも。


「わたしは、悪魔です。医者が医者のやり方で命を救うように、わたしは悪魔のやり方でハニィを助ける。それだけです」

「……本当に、立派な悪魔になって。これは、予想外だったよ」

 兄は、悪魔らしくなく目を細めると、一番最初のあの時と同じように、わたしの胸元に顔をうずめた。


 胸から異空間に吸い込まれるような感覚。

 兄の後ろで蒼白になったラントの顔を見ながら、魂を取り出す方法は他にもあったんじゃないかな、と最後の意識で突っ込んだ。

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