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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル2.あなたを不幸にする覚悟
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6.ドクロが黒く染まるとき

 弟の、けいのことをわたしは思い出していた。

 悪魔に目をつけられて、理不尽にも命を奪われるところだった桂。

 その理不尽に桂を奪われることが許せなくて、自分の魂と引き換えに、わたしは悪魔になった。


 そして今、理不尽にハニィの命が尽きようとしている。


「……」

「リリちゃん、お願いだ!」

「クラウス、やめろ。少し冷静になれ」

 わたしとクラウスさんの間に入ろうとしたラントの肩を、キイスさんが掴む。ラントはその腕を払おうとしたが、非力なラントではキイスさんの力に敵わない。


 だから、遮るものもなく、クラウスさんの視線は、痛いほどまっすぐにわたしを刺した。


 クラウスさんの瞳には、色々な感情が渦巻いているようだった。

 不安。

 悲しみ。

 迷い。

 痛み。

 そして懇願。

 まるでわたしの胸元に下がるドクロのペンダントのように、ぐるぐると混沌が渦巻いている。


 息を吸って、吐く。


 桂を救えたこと、悪魔になったことに後悔はない。

 できるものなら、わたしだって、ハニィを救いたい。


 でも、それはこういう形ではない。クラウスさんの代わりにハニィを助けるなんて、できない。


 自分は弟を助けてもらったくせにと罵られても構わない。

 クラウスさんを傷つけることになっても、わたしはクラウスさんの願いに頷くことはできない。


「できません」

 わたしはクラウスさんを見つめて言った。


 ぐるぐると混沌が渦巻いていたクラウスさんの瞳が、目の前でひとつの感情に染まっていく。

 黒一色の、絶望。


「……そうか」

 かすれた声でクラウスさんが頷く。

 後ろで、キイスさんが嗚咽を洩らすのが聞こえた。

 ありがとう、とユーナさんの唇が動く。

 わたしはユーナさんに頷いた。未熟者の悪魔なわたしだから、涙が流れてしまうのは大目に見てほしい。


 肩に手が置かれる。ラントの手だ。冷たい手だったのに、じわじわと温かくなっていくようだった。


「おめでとう!」


 クラッカーが鳴って、銀色の紙吹雪が降り注ぐ。


「え?」

「なに?」

 まるで場違いな明るい声が響く。

「悪魔昇級試験、合格だ、妹よ! うむ、お前ならやれるとこの兄は信じていたぞ!」


 突如現れたのは悪魔の兄だ。わたしの両手をとって、くるくると踊りだす。見れば、ドクロのペンダントは真っ黒に染まっていた。


「あの、今はそれどころじゃ……!」

 クラウスさんたちは、踊るわたしと悪魔をぽかんと見ている。

 ハニィは今も、苦しそうにしているのに、わたしと悪魔だけが異世界にいるみたいだ。


「おい、リリを離せ!」

 我に返ったラントが、わたしの腰にしがみつく。


「ふん! いつも邪魔ばかりして、本当に忌々しい小僧だな! 絶望に染まった魂を食ってやろうと思っていたのに、がっかりだ」

「お兄ちゃん、まさか最初からそのつもりで……」

 兄は目を細めてわたしを見下ろし、尖った白い歯を見せた。


「魔力の高い魂は高級だからな。そのうえ、絶望のスパイスで味付けをすれば絶品だったのに。なかなか思うようにいかぬものだ」

「この、悪魔め!」

 ラントがわたしの腰を引っ張って兄から離れようとする。


「悪魔……では、あなたなら俺の魂でハニィを救えるのか?」

 クラウスさんの瞳に、希望の光が宿る。


 兄は品定めをするようにクラウスさんをじろじろと見た。

「……そんなことをして俺に何の得がある? そっちの女の魂をもらえるんなら考えてやっても良いが?」

「駄目だ!」

 クラウスさんは、ユーナさんをかばうように素早く動いた。

 兄は唇をゆがめる。


「身勝手なもんだね、人間ってやつは。悪魔のほうがよほど分際を心得ている」


 ユーナさんがクラウスさんの腕をきつく掴んだ。

「……痛いよ、姉さん」

「私にもっと握力があれば、あなたの腕をへし折って粉々にしているところよ」

「目が本気なんだけど」

 クラウスさんは身をすくめる。けれども痛いと言いながらも、ユーナさんの手を振り払うことはしなかった。


「ごめん……」

「一生許してやらないわ。馬鹿な弟」

 ユーナさんも、クラウスさんを止めたかったのだと思う。

 でもきっと、強くは引き止められなかったのだ。彼の願いを叶えてやりたいという気持ちとせめぎ合って。


「……ふむ、しかし、ペガサスの魂か」

 兄が、舌で上唇を舐めた。

「ハニィ様に触れることは許しません!」

 涙と鼻水でひどい顔になったキイスさんが、尻尾を逆立てて、兄の前に立ちふさがった。


「どきたまえ、ワンコ。俺は小僧の魂を食い損ねて腹が空いているのだ」

 ゆらり、と兄の周囲の空間が揺れた、と思った次の瞬間には、キイスさんが壁に吹き飛ばされていた。


「キイス!」

「キイスさん!」


 兄が一歩ずつハニィに近づく。一歩ごとに、深い夜闇の匂いが立ちのぼる。

 忘れていたけれど、彼は、力の強い悪魔なのだった。


「駄目です!」

 未だに腰にまとわりついたラントを引きずったまま、わたしはハニィと兄の間に立ちふさがった。ハニィをかばうように、両手を広げる。


「ハニィの魂を食べないでください」

「だが、このペガサスはもうじき死ぬ。俺が今魂を食ったとて問題なかろう?」

 兄が優しげに言う。


「それでも、駄目です」

「では俺の腹ぺこはどうしたら良い」

「そんなの、知りません!」

「……立派な悪魔だな、妹よ」

 わたしのめちゃくちゃな言い分に、兄が苦笑する。


「だが、俺はその上を行く悪魔だ」

 兄は、わたしを軽く押しのけて、苦しく息をするハニィの体に触れた。


「あ!」

 兄がハニィから何かを抜き取るような動作をすると、そのままそれを口に含む。

 荒かったハニィの呼吸が唐突に静かになる。


「ハニィ!?」

 クラウスさんの悲鳴を聞きながら、わたしは兄に飛びついていた。


「おい、リリ!?」

 くっついたままのラントと、二人分の体重で兄を床に押し倒す。

「ぐ!」

 さすがに不意打ちに対処できなかったのだろう。後頭部を床にしたたかに打ちつけた兄が痛そうに呻いた。


 迷ったり、ためらったりしている余裕はない。


 わたしは息を吸い込むと、力強く、兄の口に自分の口を突進させた。

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