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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル2.あなたを不幸にする覚悟
32/37

5.悪魔に魂は救えますか?

「よろしくお願いします、プテラさん」

「ああ」

 庭に浮かべた舟に、わたしとラント、そしてキイスさんの三人が乗りこんだ。

 三人で乗ると少し狭い。

 一番前にキイスさん、真ん中にわたし。舟が怖いラントは、わたしの背中にぴったりとはりついている。


 舟に取りつけられたロープの輪を両肩に通したプテラさんは、力強く泳ぎだした。重いだろうに、辛そうな様子もなく、舟は庭の池から魔法で引いた水路をぐんぐん進む。さすが、筋肉自慢の人魚、プテラさんだ。


「それで、一体なにがあったんだ?」

 舟から落ちないように、しっかりとわたしにつかまったラントが、気になっていたことをキイスさんに問う。


「はい」

 落ち着こうとするように、頭に犬耳を押し込みながらキイスさんが頷いた。


「ハニィ様はペガサスです。ペガサスは、非常に貴重な種ですから、前にも何度か愚かな連中に狙われたことはあったのですが」

「そうなんですか……」

 沈められない犬耳を、キイスさんはぎゅっと握って眉間を険しくする。


「私が、私がいけないのです……! 分不相応にも、ハニィ様との散歩をクラウス様にねだったりしたために、こんなことに!」

 彼との散歩の最中に、ハニィは毒矢に射たれてしまったらしい。空ではなく、地上の散歩だ。結果的にはそれが仇になったのだが、悪いのはキイスさんではなく、ハニィを射った輩に他ならない。


 けれども、それを今キイスさんに諭したところで、どうにもならない。優しさで強引に傷口を塞ごうとすることは、毒を抜かないまま無理やり縫合することに似ている。


「ハニィを狙った連中は?」

「私が即座に戦闘不能にしましたので、すぐに警備隊に捕えられました」

「それで、ハニィの容態は?」

 キイスさんは、悔しそうに唇を噛む。

 跳ねた水しぶきが、彼の頬に当たって冷たい筋を引いた。



 街の外れにプテラさんを残して、ラントの風の魔法で加速しながら、わたしたちはクラウスさんの屋敷まで一息に駆けた。

 太陽は沈もうとしていて、空が真っ赤に焼けている。


「クラウス様! ラント様とリリ様をお連れしました!」

 息を切らせながら、屋敷の厩舎に駆け込んでキイスさんが大声で告げる。

 わたしとラントは息も絶え絶えで、今にも膝から崩れ落ちそうだ。


「ああ、よく来てくれた!」

「リリちゃん!」

 クラウスさんとユーナさんにわたしはぎゅっと抱き込まれる。


「おい……」

 ラントが弱々しく地面からわたしのスカートを掴んだ。走ってきたばかりで、彼らからわたしを引き離す力は残っていないのだろう。


「それで、ハニィは?」

「ああ。手当は尽くしたんだが、毒の回りが予想外に早くて……」


 クラウスさんに手を引かれて、わたしはハニィの横たわる厩舎に入る。


 幾重にも重ねられた毛布の上に、ハニィは身を横たえていた。

 真っ白で美しかったハニィの体は、青黒い亀裂に蝕まれ、長い睫毛には涙が溜まっている。


「ハニィ……」

 わたしは彼女の傍らに膝をついた。

 この世界に来たばかりの頃、彼女の背中に乗せてもらったことが思い出される。

 あの時見た、この世界の景色。

 胸に広がったきらきらした気持ちを、今も覚えている。

 何も知らないこの世界を、きっと好きになれると思えた瞬間だった。


 息が荒い。太陽の結晶のようにカールしていたたてがみは、汗でべっとりと体に貼りつき、ふっくらとしていた羽は骨の形が透けて見えた。


「ラント。毒を抜ける魔法はないの?」

 気丈なユーナさんが、縋るようにラントを見る。

 息を整えたラントは、額に浮いた汗をぬぐって、わたしの傍らに膝をついた。


「そっちは専門外だ。……できるのは、熱を下げて少し楽にしてやることくらいだな」

 ラントは表情を消し、鞄から取り出したチョークのようなもので、手早く魔法陣を引いていく。


「そうか……すまない」

「……」

 沈黙の中に、ハニィの荒い呼吸だけが、違う世界にいるもののように響く。それでも少しだけ落ち着いたのは、ラントの魔法陣が効いたおかげだろう。


「……リリちゃん」

 クラウスさんの固い声に、はっとしたようにユーナさんが顔を上げる。ユーナさんは、何かを言おうとして、けれども何も言わずに震える唇を噛んだ。

 そんなユーナさんを一瞥して、クラウスさんはわたしにまっすぐな目を向ける。


「リリちゃん、君は、悪魔が君の魂を弟くんに分けることで、弟くんの命を救った、と言ったね」

「……はい」

 わたしの細い声は、かろうじて音になって肯定をする。


「そしてリリちゃん。今は、君も悪魔だ」

「……! クラウス!」

 はっとして立ち上がろうとするラントを、キイスさんが押しとどめた。


「リリちゃん」

「……」

 わたしは返事をしようと口を開く。けれども、喉がひりついて、声が出せなかった。


「お願いだ。俺の魂を使って、ハニィを救ってくれないか?」



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