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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル0. 駄目な魔法使いと悪魔的な依頼
3/37

2.悪魔のような魔法使いと悪魔のような契約

 生まれて初めて、平手打ちというものをしてしまった。


 初めてなので力加減がわからず、全力でスイングしたら相手の青年を吹き飛ばしてしまった。まるで実感がないが、悪魔になって腕力が増強されたのだろうか。


 青年は、雑多に積み上げられていた荷袋の中に顔を突っ込んで、死にかけた魚のようにぴくぴくと震えている。


「あの、大丈夫、ですか?」

 そうっと遠ざかりながら聞いてみる。ちらり、と横目に唯一の出口であるはしごを見る。逃げるなら今がチャンスだと思うけれど、逃げる行き先がわからない。


「……」

 はしごと、青年とを見比べた。

 青年は震えもとまり、死んだ魚のようにぐったりと力を失くしている。

「え。生きて、ますよね?」

 まさか平手打ちごときで昇天してしまうなんてことはないだろう。ないと思うけれど、悪魔になったらしいわたしの平手打ちには、何かこう、悪魔的な呪いがかかっていて、一瞬抱いた殺意が彼の命を奪ってしまったということがあったらどうしよう。

 だって、いきなり乙女の唇を。

 しかも初めてだったのに。


「……」

 はしごと、青年を見比べる。

 悩んで、悩んで、結局青年のほうへ膝をにじった。生死を確かめるだけだ。生きていることを確認したら、安心してダッシュで逃げる。もし万が一、死んでいたら。その時考える。


「もしもーし」

 まずは、もう少し近づいて声をかけてみた。青年の返事はない。

「生きてますよねー?」

 緊張してぷるぷる震える指先で、青年の手首に触れてみる。脈をみるつもりだったのだが、自分の指が震えすぎて、脈があるのかないのかわからない。


 顔は荷袋の間に埋まっていて、呼吸を確かめることはできない。

 残る確認方法は、心臓が動いているかどうか、だ。


「し、失礼します」

 わたしがマントを奪ってしまったので、青年はよれよれのシャツ一枚になっている。よく見れば、ボタンをかけ間違えているそのシャツに、そっと片手を押し当ててみる。

「動いているような、動いていないような」

 緊張した自分の手がどくどくといっているような気もする。


 迷ったあげく、青年の胸に耳を押し当てた。集中してじっと耳をすますと、規則正しく動く心臓の音が、今度はたしかに聞こえてきた。

「良かった。生きてる」

 安堵の息が洩れる。

 では安心して逃げよう、と思ったところで、

「!」

 さっきまでぐたりとしていた腕に、がしりと抱きしめられるように捕獲されてしまった。


「ぷはっ! 窒息死するかと思った!」

 ずぼっ、と荷袋の間に埋まっていた頭も復活する。

「いきなり何をするんだお前!」

「余計な心配をせずに逃げておけば良かった!」

 いまさら後悔しても、後の祭りだ。

 何とか腕を突っ張って青年の薄い胸板から顔を離したけれど、結果、間近に青年の顔と向き合うことになってしまって、今度はこちらの心臓が止まりそうだ。


「逃げる?」

「いや、ええと、その」

 平手打ちで吹っ飛ばすことができたくらいだ。今、この至近距離で拳を振り上げれば彼をKOできるのではないか。


 しかし、ぐっと拳を握りしめたところで、わたしを閉じ込めていた腕がぱっと放された。殺気が伝わったのだろうかと思ったけれど、そうではなさそうだ。

「どうぞ? 逃げてみなよ。もう契約はかわされたんだ。おまえは僕から逃げられない、ということを教えてあげよう」

 悪魔のように、青年が微笑む。


「……」

 じり、とわたしはお尻で後退した。足をもたつかせながらも立ち上がって、後ろ向きに、先ほど確認した木のはしごまで下がる。

 青年は余裕の笑みで片手を差し出して、どうぞと促した。


 後ろを向いたままはしごを上がることはできない。おそるおそる、青年に背を向けてはしごをのぼった。何度か、後ろを振り向いたけれど、青年は座ったままこちらを見ているだけで、追いかけてくる様子はない。


 はしごをのぼりきって、上の部屋に出た。わたしがいたのは、やはり地下室だったようだ。

 あたりを見回す。

 一軒家のようだった。他に人の気配はしない。窓はあるけれど、カーテンがしまっている。

 足の踏み場もないほど、本や脱ぎ捨てられた服、走り書きした紙の束などが散らばっている。なるべくそれらを踏まないように、窓辺に近寄った。

 カーテンを引く。外は夜だった。星明かりも見えず真っ暗だ。目をこらすと、林立する木々が見えた。森の中にある一軒家のようだ。周囲に他の家らしきものは見当たらない。

 ちらり、と地下室の入り口のほうを見る。青年が上がってくる気配はない。


 窓を動かしてみたけれど、鍵を外しても動かなかった。ここから出ることは諦めて、つま先立ちで部屋を移動する。

 廊下に出た。

 右手に玄関。正面にまた別の部屋。左手に、二階へ上がる階段がある。階段は、本の山になっていて上がれそうもない。住人のひどい生活がうかがえた。


 とりあえず、玄関だ。掛けがねの鍵を外して、ドアを開く。

「やっぱり、森ですよね」

 夜の森は暗い、怖い、寒い、の三拍子だ。冷気を含んだ風に、はおったままだったマントをかき合わせる。そういえば、この埃っぽいマントを借りたままだった。あまりはおっていたくもなかったけれど、寒さには代え難い。ありがたく拝借しておくことにする。


「熊とか出たら、どうしよう……」

 家の中に戻って、せめて灯りくらいは借りていこうか、でも勝手に借りていったら泥棒? などと逡巡しているうちに、


『ミヤモリリョウコ』


「へ?」

 名を呼ばれて、体中に静電気が走ったように光が弾けて、思わず目をつむると、

「やあ。おかえり」

 次の瞬間には先ほどまでいた地下室に戻ってきてしまっていた。



 ◆◆◆



「……つまり、さっきの、そのあれが、わたしとあなたの契約で、あなたに名前を呼ばれると、この地下室に戻ってしまう、と。そういうことなんですか?」

 あまりに驚くことが多すぎて、逆に冷静になった。ようやく落ち着いて話を聞いて、それからわたしの話もできた。弟の命を助けてもらうために、悪魔と契約をしたという信じがたい話だ。

「あなたではなく、ラントと呼べ。それから、地下室に戻るのではなく、この魔方陣に戻るんだ。それにしても、おまえの話は本当なのか? 魂を分けて入れ替えるなど聞いたことがないが」

 青年、ラントさんが疑わしげに腕を組む。言葉が通じるのは悪魔効果だろうか。わたしとて信じたくはないけれど、これが夢でなければ納得せざるを得ないのだ。


「おまえではなく、宮森良子です。わたしだって、悪魔になったなんて実感もないし、わかりません。魔法使いって言ってましたよね? わたしを元の世界に帰すことはできませんか?」

「魔法使いではなく、天才魔法使いだ。帰すのは無理だな。たとえできたとしても、悪魔との契約は絶対だ。おまえが戻れば、おまえの弟の命が契約不履行の代償になるだけだろう。安易に悪魔などと契約するからだ」

「……自分だって、安易にわたしと契約したじゃないですか」

 事務的な手続きだったとはいえ、キスのことはまだ根に持っている。


「僕はそもそも悪魔と契約をするつもりで喚びだしたのだから当然だ。おまえと契約した悪魔は魂を分かつなどという突拍子もない芸当ができることからみて、かなり高位の悪魔だったようだな。僕に召喚されるはずだったのに、こんなちんちくりんにすり替えられてしまうとは……」

 失礼なことを言う。

「じゃあ、契約を解除してください」

「……方法は一つだ。僕の依頼を達成すれば、おまえと僕との契約は解消できる」

「依頼、ですか?」

 偉そうな魔法使いは頷いた。長い前髪の下の瞳が真剣な光を帯びてまっすぐにこちらを見つめてくる。


「とある男を呪い殺してほしい」

「無理です」

 即答。


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