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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル2.あなたを不幸にする覚悟
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1.悪魔昇級試験がやってくる

「姉ちゃーん!!」

 久しぶりに夢で会った弟の桂は、わたしを見つけるなり、タックルをしてきた。


「うわわ!?」

 いつも通りの宇宙のような空間で、わたしと桂はもつれて、ぐるんぐるんと高速で回転してしまう。


「目が、目が回る……」

「う、うう。でも、姉ちゃんが悪いんだからな! 全然、会えないから……、もう二度と会えないんじゃないかと」

 ようやく回転がおさまって、お互いにくらくらする頭を抑えてうずくまっていると、桂が口を尖らせて言った。


「ごめん。色々あって……」

 魔界に行ったり、花が生えたり、筋肉的な人魚に会った話をした。こちらへ来てからというもの、話題だけには事欠かない。


「それでね、ラントが街の近くまで魔法で水路をひいてくれたの。それで、プテラさんが背負った舟で街まで簡単に行けるようになったんだけど、ラントがプテラさんを解剖したがってすごく大変だったんだよ」

「ふうん……」

「桂、聞いてる?」

 つまらなそうにうつむく桂の顔を、わたしは下から覗き上げた。拗ねたような、幼い瞳と目が合う。


「聞いてるよ。……姉ちゃん、そっちの世界で、楽しそうだね」

「桂?」

「つらい思いをしているんじゃなくて、良かったけどさ」

 桂は顔を上げて、にこりと笑った。

 彼がまだ赤ん坊のころから、十四年の付き合いだ。それが作り笑いだと、すぐにわかる。


「あの、桂……」

「……」

 桂は何かを言いたそうにしていた。

 わたしも、何か言わなければと思った。

 でも、桂もわたしも、何も言えないまま、星の明かりが一つ、二つと消えていき——


 朝日の中で、わたしは目を覚ました。




 ******




「悪魔昇級試験?」


 摘んだ花に口を寄せ、つ、と魂を吸い込むと、ぽん、と頭から花が生える。

 指先ではまだ魂を探れないけれど、直に口をつければ可能だということがわかったわたしは、日に三度、こうして草花の魂をいただいている。


 ラントといれば魔力が供給されるのでお腹は減らないのだが、プテラさんを解剖しないという約束と引き換えに、ラントの実験に協力することになってしまったのだ。


「ふうむ。花の種類によって出てくる場所が違うわけではないようだな。……で、昇級試験が何だって?」

 庭でしゃがんだままのわたしを、ラントが背中からきゅっと抱き寄せた。警戒を見せるのは、話相手が悪魔の兄だからだ。


「年に一回行われる悪魔の昇級試験の時期なのだ。見事昇級を果たすと、狩り場が広くなる」

 兄は、ひらひらと舞う蝶に指を這わせると、つい、とその指を自分の口に運んだ。兄の指に触れられた蝶は、ひらひらと地面に落ちる。魂を食べた兄に、蝶の羽は生えない。

 花や羽が生えてしまうのは、わたしがまだ魂をうまく食べられないからだ。花の生えない食べ方を教えてほしいと言ってみたのだが、兄は「口移しでなら教えてやれるかもしれんが?」とおっしゃられたので、全力でお断りした。


「狩り場、ですか?」

「弱い魂はすぐに消化されてしまうが、強い魂は消化されずに同化できるからな。俺のようにドラゴンの羽が欲しくば、まずドラゴンの住む世界に行けるようになる必要がある」

「羽はもう良いです……」

「ドラゴンの羽かぁ……」

 うんざりとしたわたしに対し、ラントはうっとりとした声を洩らす。ラントは、好奇心にはいつだって正直だ。

「主は乗り気のようじゃが?」

「……」

 複雑な顔で押し黙ると、兄はちらりと笑ってから池に近づいた。


「意味が、まだわかっていないようだな、妹よ」

 池に浮いている小舟に、片足を置いて兄が言った。何用だ、とプテラさんが池から顔を出して、兄を睨む。睨みながらも抗議をしないのは、住処の湖を干上がらせた兄の怖さを目前にして把握しているからだ。


「狩り場が広がるということは、渡れる世界が広がる、ということ」

「世界が……?」

 ぎくり、と胸が鳴る。


「悪魔としてならば、元いた世界に渡れるようになるかもな」

 心臓が急に、重たくなったように、胸の内を圧迫した。


「元いた世界?」

 ラントの傾げた頭が、こつりとわたしに触れる。

「あの!」

「うぐうっ!」

 我に返って立ち上がった拍子に、ラントに思いきり頭突きをしてしまった。


「ああっ、ごめんラント!」

「……リリは昇級なんかしなくても、もう充分強いと思う」

「ははは! 悪魔の主にしては、坊主が弱すぎるのでは?」

「ラントはどうしようもない人ですけど、魔法だけは強いですよ! 魔法だけなら!」

「リリ……それ微妙にフォローになってない……」


 よぼよぼしているラントはひとまず置いておいて、わたしは聞こうとしていたことを改めて口にした。


「それで、その、昇級試験の内容は?」


 片足で遊んでいた舟を向こう岸に押しやって、兄は肩越しに振り返る。そして、まるで本当の兄のような、慈愛を込めた笑みで言った。


「誰でも良い。人間を、不幸のどん底に叩き落とすこと、だ」


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