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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル1.羽を求めてちょっと魔界まで
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10.ただいまはたんこぶと共に

「大事ないか? 妹よ」

 兄は大きな翼でひとっ飛びで、わたしのいる岩の上に到着する。


「うん。大丈夫……」

 全身から、力が抜けるのが分かった。

 よもや、悪魔を見て安心する日が来ようとは。


「しかし、その格好は……」

 兄の目がわたしの全身を舐めるように見る。

 一瞬忘れかけていたけれど、わたしは今、うさぎだ。


「これはその! わたしの趣味ではなく!」

「……むしろ趣味であれば良かったが」

「え!?」

 どういう意味ですか、と問おうとした声は、抱きしめられた衝撃で喉の奥に引っ込む。


 痛いくらいの強さで、わたしは兄に抱きしめられていた。

「はぁ……魚くさい……」

 そして、がっかりしたように呟かれる。


「魚くさい!?」

 体は悪魔でも、心は乙女だ。魚くさい発言は、かなりショックで、抱きしめられた恥ずかしさを上回るほどだ。

 しかし、それなら早く離れてほしい。

 くんくん、と匂いを確かめたりしないでください!


「今すぐお前の全身を剥いで、洗浄してやりたいが」

 わたしは、皮を剥がれ、全自動洗濯機でぐるぐる洗われる自分を想像した。

 怖ろしい。さすが、本物の悪魔は格が違う。


 思わずびくりと震えると、兄は少し離れて、目線を合わせてくれた。

「怯えた目をするな。お前は悪魔で、俺の妹であろう?」

 兄が優しい手つきでわたしの顔を撫でていく。額から目のふち、それから頬。


「ええと」

「そこは、はい、と即答するところだろうが」

 不機嫌な顔で、頬をつままれた。爪が刺さって、ちょっと痛いです。


「ボス。こいつはどうしますか?」

 頬をつまんで離さない兄と格闘していると、キイスさんが気絶したプテラさんを引きずって岩場に上がって来た。


「……ボス?」

 わたしがちょっと行方不明になっている間に、一体二人の間に何があったのか。


「妹よ。刺身と焼き魚と煮魚と、どれが好みだ?」

「どれも遠慮します」

 今度は即答した。

 そして、やっぱりプテラさんは魚に分類されるのですね!


「なるほど。では、刺身にした後、焼いて煮るか」

「どうしてそうなるんですか!」

 洞窟に、わたしの叫び声が反響する。


「どうもこうもない。俺の妹に手出しをされたのだ。相応の礼をしてやらねば、俺の威信にかかわる」

 兄の顔からは、笑みの気配が消えて、冷徹な悪魔のそれになる。


 わたしは後ずさりをしそうになって、こらえるように兄を睨み上げた。

「でも、プテラさんには、助けてもらったんです。わたしを湖に引きずり込んだのは、他のプテラノギョンですし、噛まれた傷の手当もしてくれたんです」

 包帯をした手を、兄の目の前に掲げてみせる。


「恩を売って、お前を囲うつもりだったのだろう? 自分のうさぎにして」

「『悪魔怖い』と言って逃げ出されたところでしたし、問題ありません」

 不審げな瞳で兄が見下ろすのを、わたしは負けじと睨み返す。悪魔怖いと逃げ出したいのはわたしのほうだ。でも、ここでわたしが引いたら、プテラさんはお刺身にされてしまう。


「なぜ、そんなにかばうのですか? そもそも、リリ様はこれの仲間の魂を奪いに来たのでしょう?」

 不思議そうに疑問を投げかけたのは、キイスさんだ。


「それは……」

 その通りなのだけれど。

「言葉を交わして情が移ったか。実に人間的だな」

 見下したように言うのは兄の悪魔だ。

 いつまで、人間のつもりでいるのだ、とその瞳は言っていた。


 弟の命を救ってもらう代わりに、わたしは魂を悪魔に渡した。

 失ったものは、人間として家族や友だちのいる世界で過ごす日々。

 住む世界の違うモノにわたしはなったのだ。でも。


「人間とか、悪魔とか、そんなの関係ないです」

「何?」


 食生活とか体質とか、その違いを、実感してきた。

 でも、たったそれだけのことではないか。


「人間にも悪魔のような人がいます。悪魔にも人間のような人がいたっておかしくないです」

「都合の良い言葉遊びだな」

「いいえ。そうではなく、人間とか悪魔とか、ちっぽけなことだと言っているんです。わたしはわたし。他の何者にも変身できません」

 せいいっぱい胸を張る。

 今ここにいるのが、悪魔でも人間でも、何ならうさぎでも構わない。

 でも、わたしは宮森良子だ。ラントにもらった名前はリリだ。

 わたしを成すのはただそれだけであり、悪魔だからとか、人間だからとか、そんな理由でわたしの気持ちも、意志も、左右されない。


「だから、わたしは、悪魔だからとか人間だからとか関係なく、プテラさんをお刺身でいただくのは嫌です! 焼き魚も煮魚もお断りします!」

 言ってのけると、兄は呆れたような溜息をつき、キイスさんは無表情にこちらを見ていた。

 拍手喝采とはいかなくとも、もう少し前向きな反応をお願いします。


「まあ、良い。俺に歯向かう気概は認めよう。しかし、俺の腹の虫が収まらん」

 じり、と兄が足を向けたのは、気絶したままのプテラさんではなく、わたしのほう。


「え? あの、お兄ちゃん?」

 必死に微笑みを浮かべ、可愛く言ってみても、兄の瞳から鋭さは消えず、口元には凶悪な笑みが浮かぶだけだ。


「魚に手を出すなというのなら、致し方ない。代わりにお前を捌いて腹立ちを解消するしかなかろう?」

「捌かないでください!」

 もともと近かった距離を詰められ、慌てて離れようとしたわたしは、慌てすぎて尻餅をつく。


 そこを見逃す悪魔ではない。

 上にのしかかり、手首を掴まれた。足は、兄の足に両側から挟まれて身動きがとれず、残された攻撃手段は頭突きくらいだろうか。


「さて、どうしようか。まずはその魚くさい兎を剥いで……」

「剥ぐとか怖いんですけど! キイスさん! キイスさん! どうにかしてください!」

「皮は拾います」

「どちらかというと本体を救出してほしいのですが!」


 首もとに兄の爪が突き立ったところで、わたしは頭突きの決意を固めた。


 ちょっとやそっとの力では、びくともしないだろう。思いきりが大事だ。


 わたしは息をすいこみ、歯を食いしばる。

 頭を引いて——


『宮森良子』


 力いっぱい打ち下ろす!


「ぐあっ!」

 がつん、という音とともに星が散った。


「痛い……あ、あれ?」

 洞窟の湿った匂いが消えている。

 手のひらに触れる地面は、無愛想な岩ではなく、見覚えのある魔法陣を敷いた床。


 星ばかりだった視界が戻ってくると、じわじわと自分の居場所を自覚してきた。


 そして、目の前で仰向けに倒れて気を失っている人のことも。


「って! ラント!? 大丈夫?」


 じんじんと痛む額に涙目になりながら、わたしは慌ててラントに駆け寄る。


「生きてる? ラント!」

「う、ああ……なんとか……」

 呻きながら、弱々しくラントがまぶたを押し上げる。その瞳がわたしを認めると、ほっとしたように微笑んだ。


「おかえり。リリ」

「ただいま、ラント!」

「ぐはっ」

 嬉しさの勢いでラントにダイブすると、とどめを刺された雑魚キャラのような声が真下から聞こえてきたのだった。

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