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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル1.羽を求めてちょっと魔界まで
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9.うさぎになりました

「リリ」

 わたしは、足りないと言われた自分の胸に手を当てて言う。


「プテラノギョン」

 人魚男が、ぬれた額をぴちょんと叩いて言う。


「え?」

 ワンモアプリーズ。

「プテラノギョン。大人。成体になった、俺」

 ぎゃぎゃぎゃ、と叫ぶプテラノギョンの姿が脳裏をよぎる。


 今、彼は何と?

 あの怖ろしいプテラノギョンが成体になると、人魚になるということ?


「いやいやいや、そんなまさか」

「大人になる。羽落ちる。立派な魚になる」

 ぱしゃーん、と尾びれで水面を叩いてみせる。


「本当に? というか、あなた、魚の仲間なんですね……」

 さすが。異世界は不思議に満ちあふれている。つまり、あの羽の生えたプテラノギョンはみな幼魚だったということか。


「仲間、ほとんど幼体で悪魔にくわれて羽になる。くわれなかった俺、最強。魚、最強」

 プテラノギョン(成体)の彼は、むきむきと両腕に力こぶをつくってみせる。たしかに、彼は強そうだ。


「けど、仲間にくわれる悪魔、初めて見た。最弱。最弱の悪魔?」

「うう。否定できないのがつらい……」

 自分で魂を捕まえられないくらいには、未熟な悪魔です。はい。


「あの、プテラノギョンさん」

「む?」

「助けてくれてありがとうございました。それで、あつかましいのですが、わたし、知人のもとへ戻りたくてですね」

「助けた? 違う」

「え?」

 プテラノギョンさんが首を横に振ると、水滴がぱらぱらと散って、水面に波紋をつくった。プテラノギョンさんって長いので、プテラさんと呼んでも良いでしょうか。


 その、プテラさんは、つい、と立派な尾びれを翻して、洞窟の奥へ行ってしまう。


「助けた、わけではない?」


 怪我の手当と着替えに、食事まで出してもらって、良い人(魚?)認定をしてしまったけれど、判断を間違えただろうか。


 でも、彼からしたら悪魔のわたしは、幼体の魂を食べて羽をうばう天敵だ。仲間の恨み、と復讐するつもりかもしれない。


「ど、どうしよう」

 何しろ、一応わたしは悪魔に分類される身だけれど、悪魔らしいことなど何もできない。


 でも、何もせずに諦めるのは嫌だ。弟の身を、悪魔から守ることだってできたのだ。最善は無理でも、最悪を防ぐ手だてはあるはずだ。


 わたしは固い地面に正座をして、両手をついてプテラさんを待ち受けた。話し合いで解決しましょう! という意思表示である。土下座も辞さない覚悟だ。


 しかし、プテラさんを視界にとらえたわたしは、土下座どころか、頭を下げることさえできなかった。


「う、うさぎ?」


 戻って来たプテラさんの頭には、うさみみが生えていたのである。




 *****




 うさみみは生えていたのではなく、カチューシャだったので、ちょっとほっとした。否、ほっとして良いのだろうか、それは。


 反応に困っているうちに、プテラさんはザバっと水から上がり、器用に魚の下半身を滑らせてわたしの正面に接近した。


「じっとしていろ」

「え?」

 プテラさんは自分の頭からうさみみカチューシャを外すと、それをわたしの頭に装着した。


「うむ。可愛い」

 真顔で大きく頷かれる。


 うさみみカチューシャ。

 白いちょうちん袖のブラウス。

 かぼちゃパンツに花の尻尾。


 わあ、うさぎのコスプレの出来上がり……って、は、恥ずかしい! 顔から湯気が出そうだ。


「可愛い、可愛い」

 プテラさんは上機嫌にわたしの肩を、幅広の手でたたく。

 そういえば、釣りの餌もうさぎのぬいぐるみだった。プテラノギョンは可愛いものが好きだと兄は言っていたが、特にうさぎが好きなのだろうか。


「可愛い……俺のうさぎ」

 肩をたたいていた手が、腕をなぞって、わたしの手までたどりつくと、指をからめて地面につなぐ。


「あの……?」

 吐息がふれてしまいそうなほど近くにプテラさんの顔があって、わたしの声はのどで震える。


「可愛い、うさぎ。幼魚には、もったいない。めずらしい、うさぎ。可愛い。悪魔のうさぎ。弱いうさぎ。可愛い。最強の、魚の俺に、ふさわしい」


 正座をしていた膝先に、プテラさんの鱗がぞろりと触れる。


「うさぎじゃありません!」

 怪力と言われた力で、再び突き飛ばそうとしたけれど、片手では力が足りず、プテラさんの裸の胸筋をわしづかみにしただけだった。


「可愛い!」

「ぐえ!」

 そして、そのたくましい胸筋に、顔をおしつけるように抱きこまれて、カエルがつぶれたような声が上がる。


「可愛い! 可愛い!」

 なにゆえか、テンションの上がったプテラさんが全力でわたしを抱きつぶしにかかる。

「ん、む……」

 窒息の危機に、わたしは酸素を求めて、つぶされながら口を開こうとした。


(あれ……? なにか、甘い……)


 唇の先に、甘い気配をうっすらと感じた。

 筋肉の味ではない。

 もっと奥。心臓よりも深く。

 宇宙だ。

 悪魔と、弟と、邂逅した宇宙が、この先にある。

 甘い、甘い、命のあぶくもそこに……。


「!」


 もう少しで届く、というところで、唐突に体を離された。


「食われる、ところだった。悪魔」

 交差した両手を胸に当て、襲われた女の子みたいなポーズでプテラさんが言う。


「え?」

 食われる?

 誰に、誰が?

 悪魔?


「わたし……」

 震える指先で唇に触れた。

 甘い気配。

 あれは、もしかして、プテラさんの魂だったのだろうか。


「も、もう一回、確認させていただいてもよろしいでしょうか!」

 にわかには信じられないので、ワンモアチャンスを要求します!


「断る」

 ぶんぶんと全力でプテラさんは首を振った。

「そこを何とか!」

「拒否する! 怖い、うさぎ!」

 ざばーん、とプテラさんは水の中に飛び込んだけれど、


「ぎゃ!」


 水が、一瞬で青白い炎に変わる。

 何が起こったの? と「な」の字に口を開いた時には、その炎はすべて蒸発してしまっていた。


 水が消えて、むき出しになった岩肌に、濃い水蒸気が立ちのぼる。


「やれやれ。探したぞ」

 突然のことで呆気にとられていると、厚い水蒸気の中から、聞き知った声がした。


「あ!」

 ぴちゃん、と水たまりを踏みながら姿を見せたのは、


「お兄ちゃん! キイスさん!」


 本物の悪魔と本物のいぬみみだった。


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