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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル1.羽を求めてちょっと魔界まで
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8.筋肉と人魚と巨大パフェ

 可愛いくしゃみに、淡い憧れがある。


 あんまりわざとらしい可愛さは、逆効果だ。ちょっとユニークで、でも大きすぎず、野太くなく。そのバランスを、鼻先にくしゃみの気配を感じた一瞬で、絶妙にコントロールした上で、くしゅん、と一発。それがとっても理想的。


「ひーっくしょーい!」


 そして、意識し過ぎたあげく、へんてこなくしゃみになってしまうのが、わたしのような間抜け者だ。


 ひーっくしょーい、ひーっくしょーい、と恥ずかしいことに、そのわたしの渾身こんしんのくしゃみがこだまする。


 鼻をすすりながら起き上がり、周囲を見回すと、洞窟の中にいることがわかった。道理で、くしゃみが良く反響するはずだ。


 鉱石を磨いた台に、横になっていたらしい。湖の底に見えた、あのエメラルドグリーンの鉱石だ。壁と天井も、鈍く緑色の光沢を孕んでいる。同じ鉱石が含まれているのだろう。


「そうだ。わたし、あの魚に噛まれて、湖に落ちて……」


 プテラノギョンに噛まれた手には、包帯が巻いてあった。びしょぬれだったはずの服は消え失せて、白いちょうちん袖のブラウスにかぼちゃパンツという姿になっていた。

 髪はすっかり乾いている。着替えをしてくれた誰かが乾かしてくれたのか、湖に落ちてからよっぽど時間が経ったのか。


 台から下は、水の中だった。底が見えるけれど、わたしの背丈では頭の先まで水につかってしまうだろう。泳ぎが得意だったら良かったのだけれど、何しろ浮き輪がなければ泳げないのだ。とりあえず、ここから動けないことはわかった。


 近くに、着替えと傷の手当をした何者かがいるはずだ。まさか、プテラノギョンがそれをしたとは思えない。


 洞窟は、かなり奥行きがあるようで、出口がどちらなのかもわからない。日が射さないので、昼か夜かも判別できなかった。


「お兄ちゃんと、キイスさん、心配しているかな……」


 心配してくれている、という自信はあまりなかった。兄は遊び半分、キイスさんはクラウスさんの命でいっしょに来てくれたにすぎない。お守りから解放されて良かった、と思われていても、恨むことはできなかった。


「ラント……」


 本当の名前を呼びそうになる唇をかたく結ぶ。


「大丈夫」


 三日経てば、彼のほうから名前を呼んで召喚してくれるはず。

 そう思うと、少し不安が和らいだ。それまでは何とかがんばろう、と拳を握る。


「あれは?」


 見間違いかと思って何度か目を瞬いた。

 ついー、と水面をパフェが滑ってくる。しかも、バケツ級のパフェだ。


 呆然と見守っていると、パフェはわたしのいる台の前で止まり、ざばーっと水しぶきを上げて立ち上がった。


「ひゃっ!」

「……」


 立ち上がったのはパフェではない。

 パフェを頭にのせた、筋骨たくましい人魚の青年だった。


「え、ええと……」

「食え」

 どこから反応して良いのか迷っているうちに、人魚氏はむきむきの腕で、巨大なパフェ

をわたしの目の前に置く。


 人魚の筋肉のように、パフェもごつい。

 色とりどりのアイスクリームが十個ほど頭を並べている。アイスクリームの下はホイップクリームの波。さらにその下は、キウイフルーツとゼリーの海になっていた。

 アイスクリームの上には、金平糖と、マジパンらしい小さなうさぎが散らばっている。そして巨大なプリンの上には、プテラノギョンマークの旗がささっている。プテラノギョンは、マスコットキャラにするにはホラー色が強いのではないだろうか。


「食え」

 人魚男がもう一度言う。


「いえ、いりません」

 わたしは首を横に振る。

 花の尻尾は生えたままなので、お腹はまだ大丈夫だ。

 パフェの迫力に気圧されたとも言える。


 否、パフェよりも、今気になるのは人魚の彼だ。


「あの、あなたは誰ですか? 助けてくれたのは、あなたなんでしょうか。その、できればわたしは地上に戻りたいのですが……」

 人魚男は、首をかしげてから、おもむろにスプーンでアイスクリームをすくって食べた。


「美味い」

 そして、ぐっと親指を立てて言う。

 いまいち話が通じていないようだ。


「食え」

 もうひとさじ、アイスクリームをすくうと、ずずいっと今度はわたしのほうへ差し出した。


「いえ、だからいらな、むぐ」

 断ろうと開いた口に、強引にスプーンを突っ込まれる。


「美味いか?」

 首を傾げて、人魚氏がたずねる。

「おいしいです、けど、そうじゃなくて、んっ」

 再びスプーンの攻撃!


「食え。食え。太れ。太れ」

「太らせて食べる気ですか!?」


 食え、の後の不穏な言葉に、わたしは慌てて人魚の彼から離れた。


「む?」

 きょとん、と人魚男は瞬く。


「わたし、おいしくない」

 身振り手振りで、わたしは懸命に訴える。


「これ、おいしくない?」

 人魚がスプーンを加えて、悲しそうに眉を下げる。


「違う。パフェ、おいしい!」

「美味いか? 食え。太れ」

「太る、お断り!」

「ふむ?」

 ざばっと人魚男が台の上にあがる。


「な、何?」

 そんな場合ではないのに、一瞬、その綺麗な尾びれとうろこに見とれてしまった。

 

 人魚は、慣れた動作で、つい、と台の上を滑ってわたしのすぐ隣まで体を寄せた。


「足りない。太る、必要あり」

 ぽんぽん、とわたしの胸を叩いて、大真面目な顔で言う。


「な!」

 たしかに、用意された下着には多少ゆとりがあった。しかしこれは、下着のサイズに夢がありすぎるのだ。というか、着替えはもしかしなくともあなたが? とは恐ろしくて尋ねられない。


「余計なお世話です!」

 全力で、どーんと人魚を押し返す。

 人魚は、つるーっと台を滑って、ぼちゃん、と水の中に落ちた。


 人魚男は、すぐに水面から顔を出す。顔をぷるぷると振って、短い髪から水滴を飛ばすと、非難するような目でこちらを見た。


「怪力」


 筋肉隆々の男に言われた!

 なんてこった!



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