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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル1.羽を求めてちょっと魔界まで
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6.魔界二日目、尻尾が生える

 昨夜のことだ。

 やむをえない状況で、一晩同じ部屋でキイスさんと寝ることになってしまったわたしは、念のために威嚇をしておくことにした。


「キイスさん。あの、信用していないわけではないのですが、いざという時には、あなたの魂をいただきますからね!」

 それ以前に、わたしはまだ魂の抜き取り方を会得していませんが! そこは火事場の馬鹿力的なことで、どうにかするつもりだ。


「はあ。では、私からもひとことよろしいでしょうか」

「な、なんでしょうか」

 わたしの腕はキイスさんに掴まれている。振り払うことができないのは、わたしの背に生えた蝶々の羽のせいで、掴んでいてもらえなければ、わたしは天井に張りつくはめになるからだ。


「あなたごときの毛並みで欲情することはございません」

 それから、ハニィの毛並みの素晴らしさを滔々と語ったが、わたしは左から右へ聞き流した。十分は続いたのではないだろうか。

 心配事がひとつ減ったのは良かったけれど、複雑な気持ちだ。毛並みって……。


 そして、問題はもうひとつあった。ふわふわと浮いてしまうわたしが、どうやって寝るか、だ。


「方法は三つですね。一つは、私につかまったまま寝る。一つは、あなたをベッドに縛りつける。最後の一つは、諦めて天井でお休みになる」

 私はどれでも構いませんよ、とキイスさんはにこやかに言ったけれど、わたしはどれもお断りしたい気持ちでいっぱいだ。


「……じゃあ、二番目でお願いします」

 襲われる心配がなくとも、知り合ったばかりの男性につかまって眠れるほど図太くはない。羽がいつ消えるかわからないのに、天井で眠るなんてもってのほかだ。


 もう、とてもとてもやむを得ない状況で、わたしはベッドに括りつけられて眠ったのだ。


「いきなり、高度なプレイだな……」


 だから、早朝に突撃してきた兄には、全力で叫んだ。


「誤解です!」


 と。




 ******




 背中に生えていた羽と、頭に生えていた花は、朝になると消えていた。ほっとしたけれど、お腹も空いている。


「良いか。よーく見てみろ。ほら、この花のこの辺りが、淡く光っているだろう?」

「……わかりません」

「ふむ。やはり無理か」


 兄がひょいと指を花に触れると、花びらがほどけたように地に落ちる。


「あの、せめて自分で食べます」

 迷わず自分の口に向かってきた指をおさえて、わたしは言った。

「妹よ、兄の楽しみを奪うつもりか」

「わたしは楽しくありません」

 きっぱりと言うと、兄は笑いながら、わたしの手に魂を落としてくれた。


 やっぱり、何も見えないし、光っているのもわからない。

 それでも、そっと口をつけると、しゅわしゅわと甘みが……広がらなかった。


「とっくに逃げられてしまったよ」

 問うように兄を見上げると、肩をすくめて飄々と言われる。


 こうして兄は、わたしに餌付けする権利を手に入れたのだった。……納得がいかない。




 ******




 魔界の街は、不思議なところだった。

 建物も、道も、鉱石が主な材料になっているらしい。透明度が高く、触れると色が変化したりするので、綺麗だし、面白い。


 空を滑車が行き交っているのは、いくつもの浮き島から、街が成り立っているせいだろう。羽をもった悪魔たちの移動には困らないが、荷物の運搬や、獣人たちの移動にはなくてはならないもののようだ。


 暮らしているのは、悪魔よりも獣人のほうが多そうだ。尻尾や耳の生えた人がたくさんいる。


 そう、だから、尻尾の代わりにお尻から花が生えた人が一人くらいいても、そんなに目立たないはずだ!


「すれ違う人たちが、みんな、リリ様を二度見しますね」

「犬の尻尾も花の尻尾も変わらないじゃないですかあー」

 わたしは顔を両手で覆って嘆く。


 そうなのだ。なぜか、今日は頭ではなく、お尻から花が生えてきた。

 破れたわけでもないのに、ズボンを貫通して見えるのは、幽体のようなものだから、と爆笑の合間で兄が教えてくれた。


「しかし、こんなことでは、羽を得られたとしても、尻や頭から生えるかもしれんな」

「それだけは困ります! そういえば、ずっと聞こうと思っていたんですけど、羽ってどうやって、ゲットするんですか?」


 わたしたちは、観覧車のような滑車の一つに乗りこんだ。島を移動するらしい。


「うん? そうか、まだ話していなかったか。まあ、食事と要領は大差ない。ただ、少し難易度が上がるとすれば、ターゲットが逃げる、ということかな」

「ターゲット? 逃げる?」

 じわり、と嫌な予感が胸に広がる。


「ああ、ほら、着いたぞ」

 観覧車のてっぺんで、乗っていた滑車のドアが開き、下りるように促される。


「う、わあ……」

 下りた先、視界いっぱいに広がっていたのは、巨大な湖だった。

 水がエメラルドグリーンに見えるのは、底で反射する鉱石のせいだろう。


「ようし、でっかいのを釣るぞー」

「待ってよ、僕が先だー」

 わたしたちの後の滑車から下りてきた二人の子供が、まっしぐらに湖のほうへ駆けていく。


 湖のほとりには、いくつもの手漕ぎの舟がつないであった。釣り竿を肩に担いだ少年二人は、迷わずその一艘に飛び乗り、湖の中心に向かって漕いでいく。


 程よいところで舟を止めると、えいや、と二人はそれぞれ釣り竿を振った。

 何とはなしに見守っていると、

「かかったー!」

 という歓声が少年のうちの一人から上がり、高らかに釣り竿を引き上げる。


 水しぶきとともに少年が釣り上げたのは、悪魔のような羽をもった魚だった。

 まさか、と蒼ざめながら見守ると、期待を裏切らず、少年は羽の生えた魚から何かを抜き取ると、ぱくりと口に含んだ。


「やった!」

 少年の背からたちまち悪魔の羽が生える。歓声を上げながら、少年は曇天の空に飛び上がった。


「ほう。彼はなかなか筋がいいな。良い悪魔になるだろう」

「……あの、まさかとは思うんですけど」

「ちょうど良く手本を見せてもらえて良かったな!」

 良い笑顔で兄がわたしの肩を叩く。


「釣り竿を借りてきました」

 と、いつの間にか準備をしてきたらしい、そういえば執事だったキイスさんが、わたしに釣り竿を手渡した。


「悪魔の羽って魚の羽だったんですね……」

 コウモリを捕まえろと言われるよりはマシだったか、とわたしは釣り竿を握る手に力を込めた。


 こうしてわたしは、悪魔の羽を得るために、魔界で魚釣りをすることになったのだった。

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