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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル0. 駄目な魔法使いと悪魔的な依頼
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1.悪魔として召喚されました

「いでよ悪魔! 出てこい悪魔! 我が召喚に応えよ!」


 全身を貫く光の痛さから解放されたかと思ったら、いきなり地面に投げ出されてしたたかにお尻を打った。


「……! 本当に、出てきた……」

 誰かの声が聞こえたような気もするけれど、まだ瞳の中をちかちかと星が飛んでいて視界がはっきりしない。そしてお尻が痛い。


「うう」

 痛みにうめいて、声が出ることを思い出した。手足の感覚も思い出す。視界も少しずつ戻ってきた。


 わたしは、そう、弟が危なくて、必死に祈ったら神様が、違う、神様ではなくてあれは悪魔だったのだ。その悪魔がわたしの胸を、

「そうだ! わたしのささやかな胸が! 良かった! ある!」

 思わず着ていたブラウスを引き裂く勢いで確認してしまった。異空間に吸い込まれたと思ったわたしの胸はちゃんとある。それどころか、少し大きくなったような気もする。異空間で成長したのだろうか。摩訶不思議。心臓も、動いてる。


「わたし、生きてる? そういえば、ここは一体……?」

 ブラウスをはだけた勢いで飛んでいったボタンの行方を目で追うと、履きつぶされた布の靴の先で止まった。


 靴からは足が生えている。

 アイロンの存在など知らないようなしわくちゃのズボンの上には胴体が乗っている。

 筋肉とは決別したような薄い体。シャツは半分だけ外にはみ出て、半分だけズボンの内側にしまわれている。

 胴体の上には、人間の、青年の顔が乗っていた。

 寝癖を直そうと努力をした様子もない髪と、お猿のように真っ赤な顔。口の端がわなわなと震えている。


「なんという破廉恥な! 悪魔だからか? 悪魔だからか。いやしかし、初対面だぞ!?」

「あのう」

「ひっ!」

 ものすごい勢いで遠ざかられた。へっぴり腰ながら戦闘態勢をとられて、完全に警戒されている。


 よくわからないけれど、おそらくあの悪魔との契約の関係で、わたしはここにいるのだろう。そういえば、別の世界で生きていくことになるとか何とか言っていた。


 周囲を観察してみる。

 窓のない部屋だった。昼か夜かもわからない。

 地下室だろうか。怯えた青年のすぐ脇に、木のはしごが下がっている。

 灯りは青年の足下に置かれたランタンのみで、部屋の隅々までを明るくはしてくれなかった。


 物置の中だろうか。木箱やツボが雑多に積まれていて、片付けの途中で諦めたように、整頓されている場所と散らかっている場所とが混在していた。

 灰色の石の床には、わたしの周りを囲むように、魔法陣のようなものが描かれている。円もいびつなそれは、子供の落書きのようにも見えた。


「お、おい!」

「はい」

 声をかけられたので顔を上げれば、青年と目が合う。目が合うと、勢いよく逸らされた。人見知りなのだろうか。けれども、彼に説明してもらわなければ、何もわからない。外に出ようにも、唯一の出口らしいはしごは、彼のすぐ脇だ。


「とりあえず、これをかぶれ! 色仕掛けにたぶらかされる僕ではないから、そんなことで主従を逆転しようとしても無駄だぞ!」

 ところどころ声を裏返しながら叫んで、肩にひっかけていたマントのようなものをこちらに投げてくる。


 あまり清潔そうではないそれをかぶるのは気が引けたけれど、そこでようやく、自分のはだけた胸に気がついた。下着はつけていたのでセーフだと思うけれど、まあ、下着はばっちり見えていたというわけだ。ありがたく、マントをはおらせてもらうことにする。埃っぽい匂いがした。


「ありがとう、ございます」

 お礼を言うと、すこしほっとしたように青年は警戒を解いた。

 立ち上がろうとすると、再び戦闘態勢をとられたので、おとなしく冷たい石の床に座り直す。


 長すぎる前髪の隙間から、青年はちらちらとこちらを観察しているようだった。大きな小動物のようだ。

 これだけ怯えられると、かえってこちらの肝が落ち着くというもの。それにどうやら、彼はわたしに危害を加える様子はないようだった。むしろわたしが彼に危害を加えると思われているように見える。


 そういえば、あの悪魔はどこへ行ったのだろう。弟のことはきちんと救ってくれたのだろうか。

 目の前の青年は何か知っているだろうか。あの悪魔のせいでここに連れて来られたのだから、もしかしたら知り合いかもしれない。


「あの……」

 青年をこれ以上怯えさせないように、ささやくような声で言ってみた。

「な、なんだ?」

 青年は、びくつきながらも、声が届きにくかったのだろう。すこしだけこちらに近づいてくれる。よしよし、良い子です。だんだん、野生動物を手懐ける気持ちになってきた。


「あなたは、悪魔さんの知り合いですか?」

 名前も知らない悪魔のことを悪魔と呼び捨てるのも気が引けて、さん付けをしてみる。


 すると青年は、ぽかんと口を開けてから、

「悪魔はおまえだろうが!」

 こちらに指をつきつけて叫んだ。


「人に指を向けてはいけません」

「あ、これは失敬」


 弟をよく注意していた感覚で、ほとんど無意識に注意してしまう。青年も、とっさに指をおろしてから、どんな顔をしたら良いのか迷うように、唇を曲げたり眉を寄せたりしていた。


「……悪魔? あれ? わたしが悪魔ですか?」

「僕は悪魔を召喚したつもりだったんだが。おまえ、悪魔じゃないのか?」

 じりじりと青年が近づいてくる。


「えーと……」

 頬に手を当てて、ここにくる前、宇宙のような場所でかわした悪魔との会話を思い出す。


 弟を助けてくれると、悪魔は言った。

 別の世界で生きていくことになる。

 悪魔として。

 身代わりを探していた。


「……わたし、悪魔、かも?」

 自信がないので、言葉尻が小さくすぼんでしまう。


「かも、とはなんだ。悪魔だろう? 悪魔のはずだ! この天才魔法使いの僕が召喚したのだから!」

 こちらが弱気になると、いきなり青年は強気になってきた。両手を腰に当てて背をそらす。

 そうなのか。天才魔法使いだったのか。そんな威厳がまったく見られなかったので全然わからなかった。しかし、魔法使いとはなんというファンタジィ。別の世界とはこういうことか。悪魔さん、もう少し説明してほしかったです。


「さて悪魔。まずは召喚者たる僕と契約をしなければならん。名を言え」

 さきほどまで怯えていたのに、わたしに害がないことがようやくわかったのか、たいへんな変わりようだ。

 しかし、自己紹介は必要だ。


「宮森良子です。よろしくお願いします」

「ミヤモリリョウコ。短い名だな」


 青年は距離をつめると、わたしの肩に手を置いた。すこし震えていた指先を隠すように、ぐっと力をこめて肩をつかまれる。やはりまだ多少は怯えているのか。見えすいた強がりがすこし可愛い。年上らしい、しかも初対面の青年に失礼な感想かもしれないけれど。


「ミヤモリリョウコ。その名をもって、契約の鎖とする」

「はあ」

「間の抜けた返事をするな。誓うと言え」

「誓い、ます」


 間近で見る、青年の瞳はきれいな青空の色をしていた。その瞳に見とれて、わたしは彼の言うなりに返事をする。

 答えると、青年はいたずらが成功した男の子のような顔で嬉しそうに笑った。こんなふうに笑うんだ、と思うと、つられて微笑んでしまう。


「我、ラントリオールオニキス。この名をもって契約の鍵となす。名を、復唱しろ」

「ラントリオール、オニキス?」

 つぶやくと、かちり、と耳の奥で小さな音がした。

「良い子だ」

 青年はうっとしりたようにささやくと、今度は大人のようなやさしい笑みで、

「ん」

 ついばむように、わたしにキスをした。


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