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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル1.羽を求めてちょっと魔界まで
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2.悪魔に羽は必要らしい

 作り置きしてあるアイスティーを、三つのグラスに分けて注ぐ。

 シロップをたっぷり入れた二つは、わたしと悪魔の分。ラントの分にはレモンの砂糖漬けを一切れ落とす。


 お茶請けには苺の寒天ゼリーがある。ひと口サイズのさいの目に切り分けたものを、手のひらサイズの透明な器に盛れば、涼しげでちょっぴりオシャレに見える。


「うん。美味しそう」

 食の楽しみが減ってしまったので、目で楽しむことで寂しさを補っている。今まで碌にしたことのなかった料理も、少しずつ覚えていっているところだ。


 両手でお盆を持って、かつての廃墟のような状態から居間としての機能を回復した部屋に戻ると、ラントが悪魔に迫っているところだった。


「減るもんでもないだろう。脱げ。全身を僕に見せろ」

「なにゆえ俺があんたの命令を聞かねばならん。というか、離れろ。顔を近づけるな」

 ラントはテーブルの上にほとんど乗り上げた状態で、悪魔にのしかかっていた。悪魔は嫌そうに体をのけぞり、指の長い手でラントの頭をわしづかみにしている。


「……これは、一体?」

 お盆を持った両手がわなわなと震え、グラスを満たしたアイスティーが波立つ。


 わたしが戻ってきたことに気がついた悪魔が救いを求めるように声を上げた。

「妹よ! お前からもこの変態な主人の変態行為を止めさせろ!」

「はっはっは。何を言っている。リリは僕の味方だ。リリ、手伝ってくれ。一緒にこの悪魔を脱がそ、う?」

 ラントの言葉が中途半端に途切れたのは、わたしの変化に気がついたからだろう。


 腕の震えは止まらず、全身の血が引いていくのが自分でも分かった。

「……やっぱり、なりそこないの悪魔のわたしより、本物の悪魔のほうが良いよね……」

 そもそもラントに召喚されるはずだったのは、わたしの兄などと勝手に名乗っている、この本物の悪魔のほうだったのだ。

 本当は彼が、ラントと契約のキスを交わしたり、『僕の悪魔』と言ってもらえたり、一つ屋根の下に暮らしたり、するはずだったのだ。


 想像すると、嫉妬というには複雑な、とても微妙な気持ちになった。


「そんなことはない! 僕の悪魔はリリだけだ!」

 勢い余ってテーブルから落下したラントが、そのまま床を這って、わたしの足首を掴んで言った。


「ラント……」

「リリ」


 ラントの分厚い前髪の下の瞳が、愛おしそうに細められる。ゾンビか! と這ってくる姿におののいた気持ちは一瞬で浄化されて、色を変えて心臓が高鳴る。


「あー。喉が渇いたなー」

 わざとらしい悪魔の声に、わたしははっとして給仕を再開した。まったく、ラントには振り回されるばかりだ。




「それで、ラントはどうしてこの、悪魔さんを脱がそうと? そういえば、わたし、悪魔さんのお名前を聞いていないのですが」

 いつまでも悪魔さん呼びも言いづらい。


「お兄ちゃん、と可愛く呼んでくれて構わんぞ」

「それが嫌なので聞いているのですが」

「兄さん、でも良いな。兄上、も個性的で良いかもしれん」

「兄さん」

 わたしの代わりにラントが呼ぶ。

「あんたに呼ばれる筋合いはない」

 悪魔はフォークで寒天ゼリーを鋭く突き刺した。嫌悪感も露なのは、先ほどのことがあるので無理もない。


「僕のリリに羽の話を持ちかけただろう? 付け根がどうなっているのか確認しておこうと思って」

 悪魔を脱がそうとしたことの理由を、ラントが一応弁明する。

「それは、わたしも気になるかも」

「やっぱり一緒に脱がすか?」

 ラントの瞳が輝くが、丁重にお断りした。わたしのためなのも嘘ではないのだろうが、絶対に自分の興味のほうが勝っているに違いない。


「妹よ。この変態と契約を切りたくなったらいつでも相談しなさい。兄妹のよしみだ。遺体は闇に葬るから安心して良い」

 悪魔の瞳がいつになく真面目な色をしていて怖い。


「リリは自分から望んで僕の悪魔になっているんだ。兄だか何だか知らないけど、僕とリリの絆は断ち切れないからな」

 ラントは自信満々に言ってのけたが、ちらりちらりと不安げな視線をこちらに送るので、格好良さは半減だ。


「今のところは、ここで厄介になろうと思います」

 わたしは悪魔に頷いてみせた。「今のところは!?」というラントの悲鳴のような叫びが聞こえたが、そんなことより羽の話だ。


「あの。羽って、わたしにも生やせるんですか?」

 子供の頃は、背中に羽を得て空を飛び回れる未来に憧れていたものだ。空想の中でのそれは天使のような羽だったけれど、この際悪魔の羽でも構わない。


「無論。羽を得る試練は、子供の悪魔が初級のレベルで挑戦する簡単なものだ。欲しいかい?」

「ぜひ!」

 両手を思わず組み合わせたわたしの目も、きっと先ほど悪魔を脱がせようとしたラントの瞳に負けじと輝いていたことだろう。


「それで。試練って?」

 アイスティーを飲み終えたラントが、底に残ったレモンの砂糖漬けをかじる。


「魔界に行って取ってくるだけさ。ああ、ちなみに人間は魔界に入っただけで命を落とすから、キミはついて来られんよ」

 悪魔は手を伸ばして、ラントの皿に残っていた最後の一個の寒天ゼリーを刺してぱくりと食べた。


「な!」

 ラントが肩を震わせる。


「わたし、一人で行かないと駄目、ということですか?」

 ただでさえ心細い異世界で、さらに異世界な魔界へ行くというのに一人で、とは。試練自体が簡単でも、それだけでハードルが高い。


「心配無用だ。兄である俺が同行してやろう」

 力強く悪魔が胸を叩いたが、安心するどころか心配な要素が増えただけだ。何しろ彼は本物の悪魔。弟の命の恩人だけれど、奪ったのも彼だ。


「……人間は駄目でも、獣人なら可能か?」

 羽は諦めます、と言おうとした矢先、恨みがましげに空になった皿を睨んでいたラントが口を開いた。


「獣人? うむ、そうだな。元々魔界の住人だから問題ないだろう。むしろ力が増幅するだろうな」

 獣人、と聞いてわたしが思い出すのは、思い出したくない恥ずかしい出来事だ。


「よし。クラウスに言って、キイスを貸してもらおう」

 ラントの口から出てきた名前は、案に違わず、クラウスさん家の犬耳執事のものだった。


「あの、ラント。そこまでしなくても……」

「遠慮することはない。羽、欲しいだろう? 僕は欲しい」

 ラントはテーブルから身を乗り出して、今度はわたしのほうへ顔を近づけた。好奇心メーターが振り切れてしまったようだ。こうなったラントを止めるのは至難の業だと、短い同居生活ですでに学んでいる。


「はい、わかりました」

 わたしは先ほどの悪魔と同様に体をのけぞらせながら答える。


 こうして、新米悪魔のわたし、兄を主張する上級らしい悪魔、ユニコーンのハニィをどん引きするほど溺愛している犬耳キイス、という不安しか感じない面子めんつで魔界へ向かうことになったのだった。

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