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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル0. 駄目な魔法使いと悪魔的な依頼
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番外.悪魔を召喚しました(ラント視点)

 なぜかリリが食材と勘違いして切り刻んだ本のページをかき集めて、ちまちまと修復作業をしている。内容は覚えてしまっているのでこんな面倒な作業はしなくても良いのだが、暇つぶしにはなる。


「リリ、か。リリ。ふふふ、我ながら良い名前をつけた。僕の悪魔」


 宮森良子、とすぐにでも本当の名前を呼んで『僕の悪魔』であることを何度だって実感したいけれど、そこはぐっと我慢する。

 聞けば、彼女は一瞬前まで人間だったという。悪魔としての自覚も知識もないようだった。


 がっかりどころか、予想外の特殊な召喚に興奮している。


「ふふ、ふふふふふ」


 気を抜けば、悪魔のような笑い声が口から漏れてしまう。

 こんな状態では嫌われてしまうかもしれない。一晩経って落ち着くかと思いきや、本当に悪魔(しかも特別な!)を召喚できたのだという実感が高まり、もっと気を抜けば笑い声が「ぐふふ」になりそうだ。


「リリは、どうしているかな……」


 さらに落ち着く時間を得るために、クラウスと同行することを許したが、気になって仕方がない。

 クラウスには姉がいる。彼の屋敷にいけば、世話好きの彼女が頼まずとも身の回りのものを色々そろえてくれるだろう。その点では渡りに舟だった。


「……良くしてもらいすぎて、ユーナの悪魔になりたかった……とか言われたらどうしよう……」

 自分の妄想に、内蔵がブラックホールに吸い込まれたような気持ちになる。


「いやでも! 契約したのは僕だ! リリがどんなに嫌がろうとも、僕は……」

 言葉が尻すぼみになる。本気で嫌がられたら、たぶん、プリン事件よりもショックだろう。立ち直れなくなるかもしれない。



 パズルのように組み合わせた紙片に、刷毛で薄く糊を掃く。多少ごわつくだろうが、元の紙質が良いのでこれでほぼ元通りになるだろう。こうして一ページ一ページを修復して、製本すれば完成だ。


 丸くなっていた背中を伸ばして、リリが召喚された魔法陣を見やる。


 彼女が現れた瞬間を、もう何十回と回想していた。


 み、と唇が動きそうになるのを、ぐぐっとこらえる。


 顔が見たい。

 声が聞きたい。

 ついでに生体をすみずみまで調べたい。

 まだ興奮を鎮めるには至らないようだ。


「…………少し、掃除でもするか」

 せめて、彼女が寝泊まりできる部屋くらいはどうにかしよう。

 まさか、ずっとクラウスのところへ預けておくつもりはさらさらない。




 ******




 リリにフルネームを呼ばれるのは、不思議な気分だった。

 それよりも、呼んでもらえたことが、自分でもびっくりするくらい嬉しかった。


 しかし、呼んでもらえた理由が、僕の力を頼ってとか、僕に会いたくなったから、という可愛いものではなく、依頼の原因について問いつめるためだったらしい。


 どういう思考回路でか、依頼をがんばる、という結論に達したらしいリリは部屋を出て行ってしまって、僕は一人で大きなベッドを独占している。腹が立つくらいふかふかのベッドだ。


「もう少し、再会を喜ぶとか、僕と一緒にいてくれればいいのに……」

 枕に向かって愚痴をこぼす。


 依頼をがんばる、ということは、リリはクラウスのところへ行ったのだろう。その時はそれしか頭になかったせいだが、今なら違う依頼にしておけば良かったと思う。もっと僕の傍にいてくれるような……。


 自分が主人なのだから、依頼の変更は可能だ。でも、がんばっているリリを見ると今さら変えてくれとも言いにくい。


「いい子だな……」


 白いワンピースを着ている姿は天使かと思った。そんな天使に、契約を脅しに凶悪な依頼を強制して。自分のほうが悪魔になったみたいだ。


 枕を胸に抱いて、ごろりと仰向けになる。


 僕はリリに、ふかふかのベッドも、悪魔の好む甘味も、きれいな服もあげられない。


 それなら僕はリリに、何をしてやれるだろう。異世界から一人、唐突にびだされてしまった、小さな女の子に。




 ******




 街に連れ出された。何か上手く言いくるめられたような気がする。主の威厳は台無しだ。


 しかも、あとは一人で買い物をするからと、店の場所を教えるとさっさと僕を置いて行ってしまった。リリはどんどんたくましくなっていくようだ……。


 手早くパンを食べ終えると、深くマントをかぶって人目を避ける。

 透明人間になれる魔法とかできないだろうか。光の魔法を上手く屈折させればできるような気もする。今度計算してみよう。


 しかし、リリのやつ。

 クラウスさん、クラウスさん、と懐きすぎじゃあないか。僕の悪魔だというのに、買い物を頼まれたり、ふたりだけで内緒話をしたりして。


 そりゃあ、クラウスは多少整った顔立ちをしているし、立派な屋敷に住んでいて、姉がいるおかげで女性のエスコートにも手慣れている。世界でも貴重なペガサス乗りで、周囲からの信頼も厚い。


「……」


 公園で遊んでいた子供のボールが飛んできて、ぼこっと頭にあたる。

 むしゃくしゃして投げ返そうとして、地面にべこんと打ちつけてしまい、跳ね返ってきたボールが顔面に直撃する。


「だ、大丈夫?」

 ボールを取りにきた子供が心配そうに問うのを、

「うるさい」

 と手を振って追い払った。


 痛い顔を両手で覆う。

 また、リリが呼んでくれないだろうか。

 くだらない用事でも、この際、クラウスに関することだって構わない。


 買い物はちゃんとできたか?

 道に迷っていないか?

 悪党に絡まれていないか?


 名前を呼んで、喚び出してくれれば、全部僕が解決してやる。

 これではまるで、僕の方が召喚魔みたいだ。


「リリ」


 僕の名前を呼んでくれ。


「おまたせ、ラント」


 呼ばれたのはフルネームではなかったけれど、その距離の近さにはっと顔を上げる。


「そんなに一人で心細かったの?」

 首を傾げて言うリリは、一人で無事に買い物を終えたらしい。


「……お前は一人で心細くなかったのか?」

「うん。お店の人もみんな良い人だったよ」

「……へえ」

「お守りもあったし」

 言って、リリは僕が渡した紙切れを示す。僕を喚びだせる魔法陣の書いた紙。


「なるほど。僕のおかげだな!」

 すくりと立ち上がる。身長は僕のほうが高いので、リリよりも大きくなることができた。


「はいはい。天才魔法使いラント様のおかげですよー」

「当! 然!」

 リリの声が棒読みだったような気もしたが、照れているのだろう。


「じゃあ、戻ろうか」

「ああ」

 僕はリリの背後に回り、肩に手を置くと、クラウスの屋敷へ向かう道へと導く。


 触れていれば安心だ。夢でも何でもなく、リリがちゃんとここにいると実感できる。にやけてしまう口元も、背後にいれば見られる心配はない。


 可愛い可愛い僕の悪魔。

 君が来てから、世界は楽園に変わったようだ。

 

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