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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル0. 駄目な魔法使いと悪魔的な依頼
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13.わたしの魔法使い様は、格好悪くて格好良い

 公園でラントを回収して、クラウスさんの屋敷へ戻る。

 再びラントはわたしの背後霊になったけれど、考え事に没頭していたので構っている余裕はなかった。


「なあ」

「うんー?」

 わたしの両肩にのったラントの指がわずかに強ばる。


「リリは、僕と契約している状態は嫌か?」

 夕日が正面で沈もうとしていて、影は後ろに伸びている。ラントのほうが背が高いから、きっと彼の影の中に、わたしの影は呑みこまれてしまっているだろう。


「でも、ラントと契約しているおかげで、わたしは魔力を供給されているから、魂を食べずに済んでいるのでしょう? 悪魔になったのはわたしの責任だし、契約者がラントで良かったと思う」

「そう、か」

 ほっと洩れた溜息が、後頭部に触れた。


 ラントだって変わっているけれど、もっと異常で怖い人がわたしを召喚していた可能性だってあるはずだ。そうならなくて、良かった。


「まあ、当然だけどな! この天才魔法使いと契約できたことをせいぜい光栄に思えよ!」

 弱気になっていたかと思えば、すぐに調子に乗る。高らかに言って周りの目が向くと、さっとわたしの背に顔を伏せる。


 情けなくて、高慢で、弱虫で、狭量。その上短気でへそ曲がり。

 列挙できるのは短所ばかりだけれど。

 それでも、わたしを召喚したのがラントで良かったと思う。


「ラントこそ」

「うん?」

 わたしは少し歩幅を大きくした。白い石畳の道が、オレンジに染まっている。天頂から忍び寄ってきた夜に、うっすらと一番星が輝く。


「がっかりしたんじゃないの? 悪魔を召喚したかったのに、出てきたのが、わたしみたいな半端者で」

「……まあ、想像とは違ったけど」

 それはそうだろう。

 もしかしたら、わたしがラントと契約を切りたくないと言っても、ラントのほうから契約を解消されるかもしれない。


 そうだ、もしかしなくても、先ほどの問いはその前振りだったのでは?

 わたしが嫌だと答えれば、待ってましたとばかりに嬉々としてラントは契約を解消したのかもしれない。自分で召喚しておいて、自分から解消するのは言いづらいから、とか。ありそうだ。すごくありそうだ。


 どうしよう。今からでも、ラントとの契約なんてまっぴらごめんよ! などと高笑いでもしたら良いのだろうか。

 でも、契約を解消されてしまって、右も左もわからないこの世界で一人で生きていける自信はない。


 ぐるぐると思い悩んでいるうちに、クラウスさんの屋敷に到着してしまった。


「やあ、おかえり。待っていたよ」

 屋敷の門の前で、クラウスさんが手を上げて微笑んだ。門柱に灯されたかがり火が、クラウスさんの顔にゆらゆらと妖しい影をかけている。

 ここですぐに、作戦を実行しようというつもりなのだろう。ウインクで合図をされた。王子様のような風貌をしている方は、ちょっとしたシグナルさえも気障っぽい。


 そうだ。契約を解くにも、とにかく依頼を果たさなければならなかった。それからのことは、またその時に考えよう。


「ラント」

「何だ?」

「依頼を、果たすね」

 告げると、まだ肩にあったラントの手をほどいて、クラウスさんのほうへ駆けた。


 こういうことは勢いが大事だ。恥ずかしくなる暇を自分に与えないように、一直線にクラウスさんに突進する。


「クラウスさん!」

「!」


 わたしは、クラウスさんをナイフで突き刺した。ということはなく、その首にぎゅっと抱きついた。首を絞めようという作戦に変更したわけではない。


「リリちゃん?」

「作戦変更です、クラウスさん。わたしのお色気でメロメロになったフリをしていただけませんか?」

 ラントに聞こえないように、クラウスさんの耳元に唇を寄せて作戦変更を告げる。


「リリ!? 何をしている!」

 ラントが声をひっくり返して叫んだ。


「……なるほど。こちらのほうが面白いかもね」

 愉快主義王子にはお気に召していただけたようだ。腰に手を回されて、ぐいと引き寄せられた。


 恥ずかしがってはいけない。

 わたしは悪魔。わたしは悪魔。

 と、胸の中で呪文のように唱えて、平常心をキープするのにわたしは必死だ。


「ラント! 見ての通り、わたしの悪魔的魅力でクラウスさんを籠絡しました!」

「……何を言っている?」

 ラントは不可解な表情を浮かべている。


「クラウスさん、わたしにメロメロですね?」

「ああ。君の魅力に魂が奪われそうだよ」

 ちゅ、と額に小さな感触。


「!?」

 わずか1センチ。

 わずか1秒。


 けれどもわたしの頭を真っ白に爆発させるには十分な威力だった。


「……おい。クラウス?」

 地を這うようなラントの声。

 いけない。二人を仲直りさせる作戦だったのに、悪化をさせてしまう。


「や、えと、何だっけ。あ! クラウスさん! プリンを勝手に捨ててごめんなさい、とラントに謝りましょう!」

 そして仲直り! 解決! どうだ!


「え。なんで俺が謝るの?」

 クラウスさんが笑顔でわたしの髪を撫でた。

「クラウスさんはわたしにメロメロなので言うことを聞いてください!」

 作戦ですよ! と瞳に力を込めてクラウスさんを見上げる。


 クラウスさんが先に謝ってくれれば、ラントだって素直になって、プリンごときでそこまで怒ることはなかった、と謝ってくれるだろう、というわたしの頭脳派な作戦だ。普通に謝るのは癪だろうと思って、わたしにメロメロになって言うことを聞かされている、という設定をクラウスさんには差し上げたのだ。気遣いも欠かさない、完璧な作戦である。


「うーん。どうしようかなあ」

 しかし、きっと協力してくれると信じていたクラウスさんは、わたしの髪に指を絡めて遊んだまま、メロメロになってくれる気配がない。余計な演出はいらないから、言うことを聞いてほしい。


「クラウスさん、ここは大人になって……」

「大人に? ああ、それは悪魔的な誘惑だね」

 するりと腰にあったクラウスさんの手が下に下りる。

「違います! そういう意味じゃなくて!」

「クラウス!」


 どかん、と何かが爆発した。


 比喩ではなく、屋敷の門柱が一本、粉々に砕けている。


「次は、屋敷を粉々にするぞ」

 振り返ると、マントを脱ぎ捨てたラントが険しい目つきでこちらを睨んでいた。


 足元には脱ぎ捨てたマントを踏みつけている。そのマントには、乱暴な筆跡の魔法陣が描かれてかすかに光を放っていた。先ほどの爆発はその魔法陣に依るものだろう。


「リリ」

 険しい瞳がクラウスさんからぴたりとわたしに向いて、心臓が飛び跳ねる。


「お前は、僕の悪魔だ」


 一瞬、ラント以外のすべてが消える。


「はい」


 気づけば唇が勝手に返事をしていて、腕はクラウスさんを放していた。クラウスさんも腕を解いてくれる。


 ラントの前まで駆け寄ると、ぎゅっと抱きしめられた。どきどきしている心臓の音が自分のものみたいに伝わってくる。


「おやおや。すっかり気に入られちゃったみたいだね、リリちゃん」

「リリの名前を呼ぶな変態」

 むすりとラントが言う。


「ラント、あの……」

 放してほしいと言おうとしたのに、言葉を塞ぐように、再度ぎゅっと抱きしめなおされてしまった。


「依頼は変更だ。お前は僕だけの悪魔だ。僕と、ずっと一緒にいろ」


 指の先がびりびりとしびれた。

 どうしよう。思いがけないほど、ラントの言葉が嬉しい。その上、この駄目な魔法使いが少しだけ格好良く見えてしまった。


「無理そうな依頼を押しつけずに、最初から素直にそう言えば良かったのにね」

「うるさい。お前は天才魔法使いのこの僕が、そのうち消滅させてやる」

「へえ。実は、うちの冷蔵庫に君が食べ損ねたプリンがあるって言っても、同じことが言える?」

「な! ……消滅は、勘弁してやってもいい」

「まあ、嘘だけどね」

「やはり滅ぼす! この嘘つきめ!」


 なんだ、喧嘩するほどなんとやら、という関係だったのね、と拍子抜けしつつ、目尻に浮かんだ涙をそっとラントの胸に押しつけた。


 頼りない胸板。

 華奢な腕。

 しわくちゃの服。


 この世界でも、わたしに居場所ができたんだと、心から実感できた。


第一章はここまでです。次回はラント視点の番外を一本挟んで、第二章に入ります。

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