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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル0. 駄目な魔法使いと悪魔的な依頼
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11.初めてのおつかい

 クラウスさんとの作戦会議の後、借りている部屋に戻ると、ふかふかのベッドの中で、ラントが丸くなって眠っていた。


「まだいたのか」

 とっくに自分の家へ帰ったものかと思っていたけれど、あの足の踏み場もない家ではゆっくり休めていないのだろう。


 起こしたいけれど、もう少し寝かせておいてあげたいような気もする。

 悩みながらラントの後頭部を凝視していると、

「んん……」

 もぞもぞと布団のかたまりが動いて、のそりとラントが起き上がった。もともとぼさぼさだった髪が、芸術が爆発したようになっている。


「おはよう。もう、夕方だけど」

 声をかけると、ラントはあくびをしながらこちらを向いた。

「んあ……ああ、そっか。お前に呼ばれたんだっけ」

 まるでわたしがラントを必要としたような言い方に、否定の言葉がのどもとまで出かかるが、唇を結んでこらえる。代わりに頬がふくらんでしまったのは仕方のないことだ。


「ふあー、あ。ああ、お腹空いたなあ」

 猫みたいにベッドに腕をついて伸びをしてから、ラントがわたしを上目でちらちらと見る。

「……」

「お腹、空いたなあ」

 くっきりとした滑舌で繰り返し、言外の言葉を訴えるように、じーっとラントはわたしを見つめた。


「……え! わたしを食べても美味しくないよ!」

 はっと気がついて、両腕で自分の体を抱きしめて後ずさった。

 甘いもの続きの食事に体重を気にしていたところだ。お菓子の家の童話を思い出す。魔法使いは、迷いこんだ子供を太らせて食べようと企んでいたではないか。


「……な! なななな何を言っているんだ! クラウスに吹き込まれたのか!? 言っておくけど、僕はそういう目的でお前を召喚したわけじゃないからな! 断じて!」

 真っ赤になってラントが反論する。ちなみに、断じて、と叫びながら立ち上がったところで、布団に足を引っかけてベッドから落ちた。少し痛そうだ。


「大丈夫?」

「くっ……! 悪魔め!」

 ラントは胸をおさえて目を逸らしたけれど、ベッドから落ちたのはわたしも悪魔も関係ないと思う。


「下におりてクラウスさんに頼めば、食事を出してもらえるんじゃないかな」

 二人は喧嘩中な上、ラントに至ってはわたしが呼び出してしまったせいもあって不法侵入のような状態だけれど、食事くらい分けてくれるだろう。


「誰があいつの施しなど受けるか!」

「いや、家に食べ物持ってきてもらっていたじゃない」

「あれは頼んでないし、あいつが勝手に僕に貢いできたんだ」

 ラントは床の上にあぐらをかいて腕を組む。彼と出会ってまだ数日も経っていないが、面倒くさい人だな、ということは了解した。


「ラント。わたし、街を歩いてみたいのだけど、案内してくれる?」

「街?」

 ラントが嫌そうに唇をゆがめる。


「街で食べ物を買ったら良いじゃない。レストランがあればそこで食べても良いし。わたしも、その、もう少し動きやすい服が欲しいし」

 さりげなく自分の要望も加えておく。

 クラウスさんにこれ以上借りを作ると危険な気がするし、お姉さんのユーナさんに頼むと、今と同じレース増量の洋服店にしか連れて行ってもらえないような気がする。そして消去法で残ったのがラントだった。


「街……」

 うー、むー、とラントが唸る。もう一押しだ。

「お店の場所とか、買い物の仕方を覚えたら、今後、ラントの代わりに買い物をしてあげられるよ」

 ラントは何かを言いかけて口を開き、息だけ吸いこむとまた閉じた。ふっと肩で息を吐き出してから、また口を開く。


「わかった。そこまで言うなら案内してやる」

 重々しく頷いて、ラントは偉そうに言った。




 ******




 ラントを連れて階下へ降りると、さすがのクラウスさんもびっくりした顔をした。

「え? ラント? いつの間に?」

 クエスチョンマークのラインダンスだ。


「ふん。僕と僕の悪魔は一心同体だからな!」

「すみません、クラウスさん。わたしがうっかり呼び出してしまって」

「おい、うっかりとは何だうっかりとは」

 ラントが睨んでくるけれど、相手にしてはいけない。


「それで、ラントにちょっと街を案内してもらってこようと思います」

「ラントに!? 街を!?」

 クラウスさんが声をひっくり返す。そんなクラウスさんの様子に、わたしのほうが驚いてしまった。動揺することなどなさそうに見えたのに、何をそんなに驚いているのだろう。


「それで、あの……」

「財布を忘れたから金を貸せ」

 言いづらくてもごもごしていると、ラントがずばりと手を出して言った。クラウスさんはよくこんな人と友だちをしていますね!


「あ、ああ。それは構わないけど、ラントが街に? 本当に案内できるの?」

「天才魔法使いの僕に、不可能はない!」

「魔法使い云々(うんぬん)の問題ではないんだけどね」

 言いながら、人の良いクラウスさんは小さなポシェットにいくつかの硬貨を入れてくれた。それを、ラントではなく、わたしの首にかける。


「まあ、治安は良い街だからね。困ったことがあったら、周りの人を頼るんだよ」

 クラウスさんがわたしの頬に手を当てて、目線を合わせて心配そうに言う。まるで、小さな妹か娘に言い聞かせるような調子だ。


「おい、リリは僕の悪魔だぞ!」

 ぐいと肩を引かれて、クラウスさんから引き離された。

「ふふふ。気に入られちゃって大変だね、リリちゃん」

 クラウスさんは可笑しそうに笑ったけれど、新しい揶揄い材料を見つけた、と顔に書いてある。わたしをこれ以上巻き込まないでほしい。


「行くぞ、リリ」

 ずんずんとラントが先に玄関へ向かう。

「あ、うん。クラウスさん、お金、ありがとうございます。きっと返しますから」

「気にしなくていいよ。それより、」

 言いながら、ちょいちょいとクラウスさんが手招く。近づいていくと、再び顔を近づけられて耳打ちされた。


「帰ってきたら、早速作戦を実行しよう。どこかでナイフか何かを買っておいで」

「……はい」

 ラントをぎゃふんと言わせよう作戦だ。あまり気乗りはしなかったけれど、一度協力すると約束した以上、いまさら断ることもできない。


「良い子だね。悪魔なのにね」

 ご機嫌にわたしの頭をなでるクラウスさんに、あなたのほうが悪魔みたいですね、という突っ込みはできなかった。




 ******




 街に出てすぐに、わたしはなぜあれほどクラウスさんが驚いていたのか理解した。


「さっき。屋敷を出る前にクラウスと何を話していたんだ」

「内緒です。そんなことより」

 そんなこと? とラントが声を尖らせるが、そんなことはそんなことだ。今、ラントがわたしの背中にはりついている状況に比べれば。


「ラントはなんでわたしの背中に」

「街の人間に見られると、魔力を吸われる気がするんだ……!」

 マントを深くかぶって、ぷるぷると震えている。つまり、極度の人見知り、ということらしい。


「案内してくれるんじゃ……」

「質問には答えてやる」

 人の背に隠れて震えているくせに、偉そうな物言いは変わらない。


 諦めて、ラントの盾にされながらとりあえずぶらぶら歩いてみることにした。


 日は傾いてきていたけれど、まだ空は青さを残している。

 メインストリートらしい、石畳の広い道には、それなりに人の行き来があった。街路樹と花壇の並んだ通りは和やかな雰囲気だ。こぢんまりとしたお店がいくつか軒を連ねている。


「ラント。何が食べたいの?」

「……ここから一つ目の角を曲がったところにパン屋がある」

 一応、街の地図は頭に入っているようで安心した。


 言われたとおりに角を曲がると、赤いひさしが目に入った。半円ドームの形で、下部のヒダがオシャレな感じだ。店はセルフサービスではなく、ガラス張りのショーケースになっていて、ケーキのようにパンが丁寧に並んでいる。


「いらっしゃい」

 ショーケースから目を上げると、店員らしい男性がいた。庇と同じ、赤い髪だ。営業スマイルはしない主義らしい。


 わたしは曖昧に会釈を返してから、背後のひっつき虫に声をかけた。

「ラント。何にするの?」

「プリンがあるか聞け」

 耳元でぼそぼそ命令されるのでこそばゆい。そして、またプリンか! パン屋なのに!


「ええと、プリンはありますか?」

「今日はありません」

 店員さんの言葉に、ラントががくりと首を折る。


「じゃあ、何でも良い」

 突っ込み魂をおさえつつ、わたしは適当にパンを選んで、どの硬貨を出したら良いのかラントに教わり、無事に初めての買い物を終えた。


 ぼそぼそ声のラントのガイドで公園まで歩く。中央に小さな噴水があり、その周りでボールを投げて遊んでいる子供が数人いる。ほかには、散歩をしている老夫婦が一組。遊具はなく、ぐるりと見渡せるだけの小さな公園だった。


 人気ひとけのない木陰のベンチまで行くと、ようやくラントが背中から離れてくれる。

 パンの紙袋を渡すと、さっそく開いて食べ始めた。

「たまに、あそこのパン屋でプリンを売っているんだけど、気が向いた時にしか作らないらしくてさ。正直、あの店はパンよりプリンのほうが美味しいんだ」

 どうしてプリンのことを尋ねたのかと聞くと、くるみパンで頬を丸くしたままラントが答えた。


「そうなんだ」

「そう! それなのに、せっかく僕が苦労して買ったプリンを、クラウスが消滅させたんだ!」

 それが、わたしを奇跡的に召喚させることになったくだんの呪いのプリンらしい。


「クラウスさんは、ラントがお腹を壊さないように、古くなったプリンを処分しただけでしょう?」

「リリ。僕の悪魔のくせに、クラウスの味方をするのか?」

 穏便に仲直りできないかと探ってみたのに、やぶ蛇だった。


「洋服を売っているお店と、金物屋さんの場所を教えてくれる? ラントが食べている間にわたしの買い物をしてきちゃうよ」

 文字は読めないけれど、言葉は通じるし、硬貨の単位もわかった。場所さえ教えてもらえば一人で買い物はできそうだ。むしろ、背中にラントをはりつかせたまま街中を歩くほうがつらい。


「僕を置いていくのか!?」

 ラントはおどおどと周囲を見回して顔を青くする。

「すぐ戻ってくるから。ラントだって、街の中を歩き回るより、ここで目立たないようにしていたほうが良いでしょう?」

 わたしは、聞き分けのない子を諭す母親の心境だ。わがままを言う幼い弟をこうしてよく言い聞かせたなあ、などと思い出す。


「それは、まあ、そうかもしれないが」

 文句を言いながらも、服屋と金物屋の場所を教えてくれた。どちらもメインストリートに面しているのでわかりやすい。


「服屋はわかるけど、金物屋?」

「クラウスさんにおつかいを頼まれたの」

 クラウスさんの名前に、ラントはまた機嫌を悪くする。


「なんで僕の悪魔がクラウスのおつかいを引き受ける」

「ご飯も食べさせてもらったし、泊めてももらったし、お金だって貸してくれたんだよ?」

「む……」

 ラントは黙って、バゲットサンドに噛みついた。


「よし。じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 日暮れ前にはクラウスさんの屋敷へ戻ったほうが良いだろう。本当はもう少しゆっくり街を歩いてみたかったけれど、それはまたの機会のお楽しみ、ということで。


「リリ」

「何?」

 立ち上がったわたしを、ラントが引き止める。


「僕の渡した魔法陣は持っているな?」

「うん。持ってるよ」

 胸ポケットをおさえる。ラントのフルネームを呼べば、彼を召喚できる、便利な魔法陣だ。


「何かあったら呼べ」

 パン屑を鼻の頭につけたまま、真面目な顔でラントが言った。


 街の中ではびくびくと震えてわたしの背中に隠れていたというのに。

 今も、一人置いていかれることで情けないくらい取り乱したくせに。


「うん。ありがとう」


 守る、と言われたような気がした。


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