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召喚悪魔 〜清く正しく楽しい悪魔生活〜  作者: 雪尾 七
悪魔レベル0. 駄目な魔法使いと悪魔的な依頼
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プロローグ

 自分の力ではどうにもならないとき、人はただひたすらに祈るしかないのだと知った。


 信仰なんてもっていないわたしは、ありとあらゆるものに祈った。


 神様、仏様、天使様、天国のおじいちゃんおばあちゃん、この際悪魔でも何でも構わない。弟の命を救ってくれるなら、何だって良い。


 弟はとても可愛い良い子です。十四歳という思春期ですから、それはまあ、可愛くないことも言うようになりましたが、照れ隠しというやつです。そう! ツンデレというやつです。流行をとりいれている今を生きる若者なのです。


 そんな可愛い弟の命を奪うなんて、許されて良いのでしょうか。いいえ、誰が何と言おうと姉であるわたしが許しません。誰ですか、わたしの可愛い弟の命を奪おうとするのは!


 ああしかし、何という運命のいたずらか。弟の命を追いつめてしまったのは、間違いなくわたしなのです。


 わたしが弟に留守番を押しつけて友人と遊びに行ってしまったから。

 よもや、暴走したダンプカーが我が家につっこんでくるなんて想像もしなかったのです。わたしが一緒にいたら、ダンプカーなんて投げ飛ばしていた、とは言いませんが、弟をダンプカーの猛攻からかばうくらいはできたかもしれません。


 だから、弟がダンプカーに轢かれて今まさに命を落とそうとしているのはわたしのせいなのです。


 わたしにできることなら何でもします。ですから、弟の命は救ってください。

 将来は正義のヒーローになるのだ、と幼稚園のときに語ってくれた笑顔を、まざまざとこうして閉じたまぶたの裏に思い起こすことができます。弟は十四歳。夢は形を変えてしまったやもしれませんが、輝かしい未来のある若者には違いありません。


 お願いします。わたしの命を差し上げたって構いません。可愛いわたしの弟を救ってください!



「その願い、きいてやらなくもない」



「え?」

 はっきりしない返答に思わず目を開くと、わたしは宇宙空間にいた。

 呼吸ができるので、宇宙ではないかもしれない。けれどもふわふわと体は宙に浮いていて、どこまでも続く夜に、白い小さな星たちがたよりなく瞬いている。


「何でもする、と言ったな。娘」

「わ!」

 目の前に逆さまの顔が唐突に現れた。鼻先が触れ合いそうなほどの近距離に、慌てて宙空を手で掻いて後ずさる。けれども無重力なんて慣れていないわたしは、くるりと後転をするように体を回して、結果、その唐突に現れた御仁にかかと落としをお見舞いしてしまった。


「ぎゃ!」

「ああ! ごめんなさい! 通りすがりの変な方!」

 きちんと頭を下げて謝りたかったのだけれど、回りだした後転が止まらない。ああ、星が回っている。ぐるぐると脳まで回転しているみたい……。


「おい娘。巫山戯ふざけているのか。必死に祈っている声が聞こえたので応えてやったというのに」

 両腕を後ろから羽交い締めにされて、ようやく回転が止まった。


「す、すみません。ありがとうございます」

「この期に及んで悪魔に攻撃するとはな。生命力だけは人一倍ってわけか」

「ええと、ありがとうございます?」


 おそらく褒められているのだろうと思い、礼を述べると、背後から盛大な溜息が降ってきた。耳の端にふれてすこしこそばゆい。

 そういえば、悪魔がどうとか言っていたような。

 何の話? と振り向こうとしたけれど、両腕を掴まれているせいか、足が浮いているせいか、思うように身動きできない。


「まあ良い。弟を助けたい、と言ったな」

「! はい! そうです!」


 先ほどまでのことを、すぐに思い出した。わたしは手術室の前で祈っていたのだ。弟を助けてください、と。


「助けるためなら何でもする。命も捧げると、そう言ったな?」

「はい! 救ってくださるのですか?」

 羽交い締めされた腕に、きつく力が込められる。まるで鎖につながれたように、頑丈な腕にとらわれてしまったけれども、些細なことだった。

 弟の命を救ってくれるという彼は神様かもしれない。最初に一瞬見えた顔は悪魔のような三白眼で鋭い犬歯も見えたような気がしたけれど。そんな神様にかかと落としをしてしまったりしたけれど。


「救ってやろう。お前の生命力ならば、魂の三分の一を分けてやれば、弟くんの命をつなぎとめることができるだろう」

「!」

 嬉しくて、声が詰まった。良かった。本当に良かった。


「残りの三分の一は俺が報酬としていただく」

 弟の命をまるっと救ってくれるのに、三分の一で良いだなんて、さすが神様。太っ腹だ。背中に触れる腹筋は引き締まっているようだけれど。ものの例えだ。


「三分の一はお前の理性のために残しておいてやろう。ただし、いくら生命力が豊富なお前でも、三分の一の魂では生きることはできない。俺の魂の欠片をひとかけ、分けてやる」

 わたしを生かすために、自らの魂の欠片までわけてくれるだなんて、さすが神様。慈悲深いお心です。骨を震わせるような低い声も何やら神々しく胸に響く。


「ただし、悪魔の魂の欠片だからな。人として今までの世界で生きていくことは叶わぬ。悪魔として、別の世界で生きていくことになるが、それでも構わないな? ちょうど面倒そうな呼び出しがあってな。身代わりを探していたところだったんだ」

「弟が救われるなら何だって構いません! ありがとうございます! 神様! あれ? 悪魔って言いました?」


 恍惚としていたわたしは、咄嗟にお礼を言ってから、先ほどまで神様だと思っていた背後の人物の言葉を反芻した。悪魔として生きていくことになるってわたしのことですか? しかも最後、不安になるようなことをおっしゃっていたような。


「契約成立、だな」

「あの! 少々聞きたいことが!」

「後で聞いてやる。時間がないんでな。契約が先だ」

 強引な詐欺師のように言うと、神様改め悪魔らしき人は、後ろからわたしの胸元に顔をうずめた。


「え? え?」

 髪がくすぐったいとか、唇の感触が、とか、頭が爆発しそうに熱くなったのも一瞬、胸が異空間に吸い込まれるような感覚の後、きいん、と全身に光の線が走ったように感じて真っ白に痛くなる。胸だけじゃない。心臓までも異空間に吸いこまれていくような感覚に、わたしは意識を手放したのだった。

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