とくぞうはかくごをきめた!
「え…?」
クゾーは全く理解できないといった表情で2人を見た。2人の顔にもはや笑顔は無く、ひたすらに絶望を訴えていた。
「ここ最近のことですよ。長生きする私たちからすれば、人間族という何も流儀を持たない種族が現れた事も、サル同然の暮らしをしていた彼らが突然知恵をつけ出したのも。そして彼らが勢力を拡大するために他種族を襲い出したのも。」
「襲い出した!?人間が!?」
流儀を持つ他種族に対して人間に何ができるだろうか。そりゃあオークのような単純な流儀や戦いに不向きなエルフやフェアリーが相手なら話は別だが。
「最初のうちは他種族の敵ではなかった。しかし人間はいろいろと工夫を凝らして、ついには他種族を圧倒するようになったのです。知能が低く人間との争いの絶えなかったオークが真っ先に標的になりました。そしてオークは戦闘種族としてふさわしく戦って死ぬことを選び、最期は人間の奸計にはまって落とし穴で全滅しました。」
俺が元人間という話をしたから気を使って今まで話さずにいたのだろう。
「私には人間族という種族がわかりません。流儀を持たず、定まった一族の思想を持たず、必要以上に増殖するのを止める手立てを持たず、常に拡大しなければ生きて行けない種族が。他種族から恩恵を受けたことを感謝して崇める人も居れば、その一方で常に余剰を作ろうとしているかのように他種族の生活を脅かす侵略を行う。主神様は何を思ってあのような種族をお作りになられたのか…。」
リリアムははらはらと涙を流し始めた。この一見平和な世界でこんな事が起こっていたとは…いやそれよりも。(俺のせいでここが襲われる…)オークの残党がいるとなれば人間が襲撃してくることは必至だ。
「なんとかフェアリーに声をかけて森の守りを固めます。クゾーさんは逃げて。」
エコーの目には非難は感じられない。ただ自分の産まれた森を守る決意だけだ。いやそう単純ではない。森から産まれたフェアリー族にとっては森は自分達そのものなのだ。確かに逃げれば奴らは森を襲わないかも知れない。だが討伐隊を組織してきたのに手ぶらで帰るとも思えない。
「待ってください。逃げきれなければクゾーさんは返って危ないです。この森の中にいた方が安全かも知れません。フェアリーの幻惑でここまで進むことは相当困難でしょう。」
違う。そうじゃない。こんな事になったのは俺の責任だ。クゾーの頭の中にはそんな思いがあった。人間の狙いは自分であり、そもそもの原因も自分の軽率な行動だ。リリアムたちに危害が及ぶ可能性があるなら逃げてどうする。まして自分だけが人間に対抗する力を持っているのだから、人間からリリアムたちを守ってやらねばならない。
「ここに残るよ。ただし、もし人間たちがここに入って来たら俺が戦う。」
クゾーは覚悟を決めた。どうせ1度は死んだ身だ。オークとしての余生などになんの未練があるか。
やがて日が落ち、辺りが暗くなった。日が出ているうちに襲撃があるだろうと読んでいたが、やって来る気配は無い。
「どうやら日を改めるか襲撃を諦めるかしたようですね。夜の森の中を歩くのはフェアリーの幻惑が無くてもかなり困難です。今日は寝てしまいましょう。」
結局その提案に従い、クゾーは馬小屋に入って敷き藁に身を横たえた。いつ襲撃されるかもという時に寝られるはずもなく、クゾーは目を開けて天井を見ていた。どれくらい時間がたっただろうか、クゾーも油断しかけたころ、エコーの声が響いた。
「敵襲です!起きてくださいクゾーさん!森の守りが破られたんです!」
クゾーは驚いて跳ね起きた。馬小屋から出ると確かに松明を持った20人ほどの軍勢が進軍してくる。
「ようし、全軍止まれ!」
先頭の馬に乗った身なりのいい男が怒鳴った。全員が統制された動きで動きを止める。
「ふむ。ドワーフ族はなかなかいい仕事をする。星の位置を映し出して道を指せるこの道具ならば、小賢しいフェアリーどもの幻惑も関係無しというわけだ。」
男は手に持った羅針盤のような道具を見ながらにやりと笑う。
「ここだな?お前がオークを見たと言うのは。」
「へえ。でももしかしたらもう逃げているかも…その時は、この家のエルフを連行すれば国王もお喜びになりましょう。」
見ればそれは昼間にリリアムと会話していた男であった。
「ふん。騎士団長を任されているこの俺に王の歓心など興味はない。戦に生き戦に死ぬのが騎士の心意気よ。近ごろオーク狩りもできぬので皆鈍っておった所。」
騎士団長らしきその男は軍勢に向き直り、目を見開き叫んだ。
「者共!必ずやオークを仕留め首を持ち帰り、国王陛下に騎士団の誇りを示すのだ!」
軍勢が雄叫びをあげる。それと同時にクゾーも斧を片手に軍勢へ突っ込んでいった。黙って見ている場合ではない。やらなければやられる。自分も死ぬ。リリアムさんにも危害が加わる。もはや後戻りのかなわない戦場に、クゾーは足を踏み入れたのだった。
6話へ続く
5話まで読んでいただいてまことに感謝しております。
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